梢の家は、ごくごく普通の一軒家だった。
「ちょっと待ってて……庭に、置いてきたの」
あざみが手を離すと、梢は門をあけてするりと中に入っていく。
門からすぐ玄関へ行けるようになっているので、庭は家の向こう側なのだろう。
梢はぐるりと外を回っていくつもりらしく、家の壁のむこうへと消えた。
その姿を見届け、あざみたち3年生4人組はなんとはなしに顔を見合わせた。
「ぼくたちの学校って、……ほかのひとにどう思われてるんだろう」
「そもそも、学校、というたんいで大きくくくって、ひとを見るのはまちがっていると思うのです」
優の言葉に未国が応じるが、その声には元気がなかった。
緋琉亜とあざみは黙っている。
少なからず、梢の言ったことはショックだったのだ。
そんな下級生の様子を見て、葵と武は目を見合わせた。お互いに「なんか言えよ」と無言で圧迫しあっている。
ふたりの内、短気なほう――葵がごほんごほん、とわざとらしく咳払いなぞをして、口を開いた。
「あー……っと」
「なんで!?」
葵の声にかぶさるようにして、梢の悲鳴じみた叫びが響いた。
見ると、梢がひどく慌てた様子で駆けてきて、玄関のドアを勢いよくあけた。
「ママッ!」
「お姉ちゃん! どうしたのっ?」
「どうしたんだよ、永島っ!」
口々に呼びかけたが、梢は振り向かない。
ドアを開け放したまま、「ママ!」と母親を呼んでいる。
「どうしたの、梢」
声がして、女性がひとり出てきた。
「そんなに大声出して、みっともない。――あら」
その女性は門にぎゅうっと体を押し付けて身を乗り出している小学生たちを見て、すこし驚いた顔になった。
「……また、梢のおともだちかしら?」
「そんなことよりママ! 庭に置いてあったダンボール箱、どこにやったのっ?」
「ダンボール?」
梢の母親は不審そうな口調で、
「ダンボールなら、昨日、廃品回収に出したばかりよ。なあに、工作かなにかで使うんだったの?」
「ダンボールじゃないの!」
梢は話が通じなくてイライラした。
置いていく時に話もなにもしなかったから、当然といえば当然なのだが。
「ダンボール箱! うさぎを入れてたの! それをさっき庭に……っ」
「ああ、あれのこと」
あっさりと梢の母親は娘の話を遮った。
「だめじゃない、ちゃんと話しておいてくれなくちゃ。ママ、びっくりしちゃったわ」
その台詞に梢は胸をなでおろした。
ママは知っている。箱のことを。それじゃあ、移動させたのもママだ。
すこし落ち着いて、ごめんなさい、と謝って、それからたずねた。
「どこにやったの?」
「え? 知らないわよ」
「……え……?」
梢は体を硬直させた。母親はそんな娘の様子を気にとめた様子もなく、なにやら門の中に入っていいものかどうかもめているらしい小学生たちへ「どうぞ」と手招きしてから、
「なにを言ってるの、この子は……。約束していたんでしょ? さっきお友だちが取りにきたわよ。ママ、知らなくってあちこち探しちゃったわ。それにね……」
「ママ!」
梢は再び大声を出した。
「誰? 誰に渡したの! わたし、そんな約束知らないっ」
「知らない?」
不審そうな顔で母親が問い返してきたので、梢は思いっきりうなずいた。
「知らない、そんな約束……わたししてないっ。誰に渡したのっ」
「誰って……」
なんていう子だったかしらねえ、と首をかしげた。
「とっても礼儀正しい子だったのよ。――あら、こんにちは」
そろりそろりとやってきた娘の友だちらしき小学生たちに挨拶し、返ってくる挨拶をきいてから、
「梢、いつのまに星火の子たちとお友だちになったの?」
「そんなことどうでもいいでしょっ?」
「でも、ひとりで訪ねてきてくれるぐらいだもの、気になるわ」
「……ひとり?」
梢は後ろを振り返る。
きょとん、とした顔で葵たちが立っている。葵たち。当たり前だが、複数だ。
「なに言ってるの、ママ、どこがひとりなの」
「違うわよ、さっき来た子のことよ」
さらりと言う。そして、葵を見て、
「その制服、星火のでしょう? いいデザインよねえ」
「……この制服、着てたの?」
「そうよ、さっきからそう言ってるじゃないの」
なぜか固まっている小学生たちに、「どうぞあがったら?」と勧めて――、ふと、思い出した。
「そうそう、アライくん、っていってたわね」
「アライ……?」
梢の後ろで、小さくうめくような声。
「そいつは、間違いねぇ……いや、ない、ですか?」
とってつけたような敬語を言うその小学生に、梢の母親はうなずいた。
「ええ、間違いないと思うわ。あなたと同じ制服で、歳も同じぐらいで……ああ、もしかして、あなたのお友だちかしら?」
ふっ、と。
その男子小学生の顔が一瞬翳った。そして、そのまた一瞬後に、その少年は駆け出していってしまう。
「兄ちゃん!」
「渡瀬!」
叫んで素早く追いかけていくのは制服の女の子と私服の男の子。
「あざみちゃん!」
先に行った女の子と同じく制服を着て、同じ歳ぐらいの女の子と男の子ふたりが駆け出そうとして、くるっと振り返り、
「おじゃましました!」
「おじゃましましたっ!」
唱和していった。しつけがいいようだ。
「みんな、待ってよおっ」
最後に梢が、ばたんっ、とドアをしめて行ってしまう。
「せわしないわねえ……」
呟いて、梢はちゃんと門を閉めていってくれたかしら、と彼女は思った。
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