げほげほっ、と未国はせきこみそうになるのをどうにかこらえた。
肩を、全身を揺らして息を整える。
「だいじょうぶ? みくにちゃん」
優が未国の顔を心配そうにのぞきこんでくる。
「だいじょうぶです、このぐらい」
顔をあげる。
未国の前にいるのは、市立小学校のふたり――吉野武と永島梢だ。それから、あざみと葵。隣にいるのは優と緋琉亜。
この前方にいるグループに走ってついて来るのは、未国にはわりとつらかった。
やや走るのが苦手そうな梢がいなかったら、ついてこれなかったかもしれない。
「このへんなのかい?」
葵がきくと、梢がこっくりうなずいた。もう泣きやんではいたが、その顔は青白い。
うさぎを運んでくる途中、逃がしてしまったのは梢なのだそうだ。
他の3人もいたはずなのに、どうして、と問うた葵に武は、
「たまたま……ちょっと……他に用があって」
「用って?」
追求したが、ダンマリを決め込まれた。
そして、いなくなったうさぎを慌てて探したが、見つからなかったそうだ。
「……先生に、怒られちゃう……」
そうして、しくしくと泣き出す梢を葵は一喝した。
「泣くのなんてあとでもできるだろっ! うさぎ、探しに行こうぜ!」
さすがはあざみの兄だけあって、言うことが似ている、と未国は思った。葵が言わなければ、きっと隣からあざみが口を出したに違いなかった。
「……先生にばれないうちに?」
「バカっ! うさぎがどうにかなっちゃったらどうすんでいっ!?」
武の言葉に葵が怒鳴る。
梢が、びくり、と体を震わせた。
「あのねっ、兄ちゃんは怒られ慣れてるから、先生のことなんて気にしないのっ! だから、お姉ちゃんもそんな怖がらなくてもへいきだよっ!」
そう言うあざみの頭を葵は軽くはたいた。
「よけいなこと言うねいっ!」
「ほんとのことじゃん!」
「うるせいっ! ほら、さっさと探しに行こうぜ」
「渡瀬くん」
すぐにも駆け出しそうな勢いの葵に、尚紀が待ったをかけた。
「全員が行かなくちゃまずいかな?」
「多いほうが、見つかりやすいだろっ?」
「それはそうだけど……先生が会議が終わって来た時に、誰もいなくてうさぎもいなくてじゃあ……ちょっとまずいんじゃないかな」
葵は腕組みしてうなった。
「そいつは確かにそうかもしれねーな。でも……」
「兄ちゃん! あたし手伝うよっ」
あざみがしゃきっ、と手をあげる。未国も思わず手をあげて、声を張り上げた。
「わたしも、お手伝いしますっ」
優と緋琉亜も同じようなことを言って次々に手をあげるのを見て、葵は口の端をあげた。
「よーっし、んじゃ新居! ここ、おまえにまかせるな! 頼む」
先生どうにかしといて、というロクでもない頼みを、尚紀は柔らかな笑みで承諾した。
もしかして、こういう突拍子もない頼みごとに慣れているのかもしれない。葵の友人として。
「じゃ、探そうぜっ、うさぎっ」
葵が呼びかけると、むこうの小学校の4人はお互いの顔を見合わせた。
「渡瀬くん」
尚紀が再び口を開き、
「そっちのひとたちにも、半分ぐらいここに残っててもらったほうが、先生に言い訳しやすいんだけどな」
「そっか」
うなずいて、じゃあ、と葵は4人を見た。
誰が来る? とたずねる。
そうして、一緒に行くことになったのが、イサム――吉野武と永島梢だった。
☆
梢に言われて立ち止まった葵は、周囲をぐるりと見回した。
住宅街、といわれる辺りになるのだろう、このへんは。道の両側に家が立ち並んでいた。
ついてきた妹たちのほうを眺めやると、個人差はあるが皆、はーはーと息を切らしており、葵はなにやらすこし罪悪感めいたものを覚えた。
周囲の状況を見ないで突っ走るのは悪い癖だと、両親や兄や姉によく言われる。
そういうむこうもかなりどっこいどっこいだと葵は思うのだが、そう言うと「こちとら年季が違う」、頭をぐりぐりっとされるのが常だった。
「このへん、家ばっかりだね」
あざみが口を開くと、未国が言った。
「しかも、ヘイがずっと続いているのです。うさぎ、どこに行ったのでしょう?」
「うさぎって、カベのぼったりって、できないよねっ?」
「ねこみたいに」
優が言う。その隣で緋琉亜がすこし首をかしげ、
「……できない、んじゃないかなあ……」
「それじゃあ、こっちか」
あざみはまず来た方向を指し示し、それから反対方向へ指をむけ、
「あっちにいったんだね、きっと」
「そうだよね、まっすぐ一本道っぽいもん」
緋琉亜が続く道をみやりながら言う。
道はすこしカーブを描きながら、まっすぐ続いているようだった。
すると、梢がおずおずとした様子で、
「まっすぐに見えるけど、家が5、6軒ぐらい立ち並ぶごとに、横道があるの。何本も」
今、走ってきたほうには、あまりないけど……、と付け加える。
「そうなの?」
あざみが渋い顔をする。葵が「よしっ」と手を打った。
「そんじゃ、うさぎの行きそうな場所を探そう」
「うさぎの行きそうな場所?」
武がけげんそうな表情で、
「どこだよ、そんなの」
「エサのあるとことかさー」
「……それ、どうかなあ」
そうは言ったものの、他に思いつくアテもないのか、武は指折り数え出した。
「原っぱとか、野原とか? あとは……八百屋とか?」
葵は魚屋から猫が魚を盗むように、うさぎが八百屋からにんじんをかっさらう姿を想像した。
……とてもありえなさそうだった。
(無理すぎ)
武もたぶん同じことを考えたのか、葵を見て肩をすくめた。
「原っぱや野原なんて、このへんにあるのっ?」
あざみはふたりの会話をかなり真に受けたらしく、真面目な顔で疑問を発した。
「八百屋さんもっ」
「原っぱはないけど、空き地ならここを行った先にあるわ。八百屋さんは、この通りからは1本外れたところに」
「じゃあ行ってみようよっ」
梢が答えてくれたので、あざみはにっこりと笑って、梢の手を取った。
「お姉さん、みちあんないねっ」
「行きながらさ、そのへんのひとにも話きいてさ」
「うさぎ見ませんでしたかーって?」
武はすこし笑って、言った。緊張感のようなものがとけてきているようだ。
それをきいて、緋琉亜が言う。
「やっぱり基本はじょうほうしゅうしゅうだよね」
「そうだよね。あ、そうだ、どんなうさぎなの? 黒いの、白いの?」
「白いのと、あとはまだらのと。まだらのは2匹」
武が優に答えた。すると、葵が、
「うさぎって羽、って数えるんだったんじゃねえかい?」
「わかればいいだろ」
憮然とした口調で武。「ま、そりゃそうだ」葵はあっさりとうなずいた。
「どっちから行くのっ? 空き地?」
あざみが梢の手を握ったまま、葵たちのほうを振り向いて、たずねる。
未国もあざみのほうへやって来て、梢に笑顔を見せた。
「お姉さん、すごいのです」
「え?」
梢が不思議そうな表情をする。
葵があざみに「近いほうから」と答えているのがきこえる。
未国はほがらかに言った。
「このあたりのこと、とってもお詳しいのですね」
その台詞をきいた梢の目が、一瞬大きく見開かれた。
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