滝波優は友だちの野秋緋琉亜と一緒に急いで廊下を歩いていた。
「遅くなっちゃったねー。ごめんね、滝波くん。先に行っててもらえばよかったね」
緋琉亜が申し訳なさそうに言った。
掃除当番の緋琉亜を、優は終わるまで待っていたのである。
「あやまることないよ、だいじょうぶ。みくにちゃんたち、理由を話せば怒ったりしないから」
下駄箱で靴をはきかえ、校庭に出ると、上級生がサッカーをやっていた。
「ええと……こっちだよね」
グラウンドを突っ切れないため、ぐるりと迂回しながら飼育小屋へ向かう。
「あ、ひとがたくさんいるよ、滝波くん」
緋琉亜が言った。
「あれ? 制服着てないから、違う学校のひとだね」
優も飼育小屋のほうを見た。
まず、未国とあざみがまっさきに目に入る。それから、上級生らしき星火の男子生徒がふたり。
星火学園では小等部にも制服がある。
男の子はグレーのブレザー、白シャツ、ブレザーと同色のズボン、それに正装の時は同色のネクタイだ。
女の子はやはりグレーのブレザー、白シャツ、その襟元に黒りぼん、、ブレザーと同色のプリーツスカート、正装の時には頭にベレー帽をかぶる。
その制服姿の4人の他に、もう4人ほどひとがいた。
みな、私服だから、星火生ではないはずだ。たぶん、優たちよりも年上だろう。男の子が3人、女の子が1人。
「ね、滝波くん、あのひと……泣いてるよ」
くい、と緋琉亜が優の服の袖をひっぱった。
私服を着たほうの女の子が、泣いているのだ。
「うん、ほんとだね、どうしたんだろう……」
ふたりはなんとなく、おそるおそる、といったふうに近づいていった。
すると、
「だからっ!」
怒鳴り声がきこえた。星火の制服を着たほうの男の子だ。
どこかで見たことがあるような、と優は内心首をかしげた。
「いないのはわかったよっ。どうして、ってきいてるんでいっ」
「渡瀬くん、そんなに大声ださなくても……」
もうひとりの星火生の男の子がなだめるように声をかけている。
(わたらせくん……? あっ、そうか、あざみちゃんのお兄さんだ)
優は体育祭の時、あざみの兄弟とお昼を一緒に食べたのである。ただ、他にもなんだかいろんなひとがいたので、記憶が薄まってしまっていたようだ。
「そうだよ、兄ちゃん!」
あざみも兄の傍らに寄っていって、落ち着かせようとしている。
その声は兄に劣らず大きく、かえって興奮をあおりそうな勢いではあったが。
「……みくにちゃん」
優が小さな声で呼びかけると、未国がくるっと振り向いた。その表情はあきらかに困惑気味で、優たちを見てもなおらなかった。それでも、口を開いて、
「波くん、野秋くん。……おそかったですね」
「うん、野秋くんがそうじとうばんで……」
優は一応理由を述べようとしたが、すぐに言った。
「どうしたの?」
「……わたしにも、よくわからないのですが……」
そう前置きして、未国はふたりに説明した。
この夏に、学園のうさぎはみんな死んでしまったこと。だから、近くの小学校からうさぎをもらうという話になったこと。そのうさぎは今日、ここに向うの小学校の係りが連れてくるというので待っていたこと。
そして――。
「さっき、あのひとたちが来ましたのです。でも、うさぎは一緒じゃありませんでした。それで、あざみちゃんのお兄さんが理由をきいたら……」
未国はむこうの女の子をちらりと眺めた。
「泣いちゃったの?」
緋琉亜がきくと、未国はこっくりうなずいた。
「なんで?」
今度は優がたずねる。未国も納得がいかない様子で、
「それはこちらが知りたいのです。あざみちゃんのお兄さんは、そりゃあ声は大きいです。でも、なにも悪いこと言っていないのです。どうして泣くですか」
「ぼ、僕に言われても……」
優は言葉を詰まらせつつ、
「あのさ、声の大きさにびっくりしたんじゃないかな」
その意見に未国が「そんなことは」と反論しかけた時。
むこうの男子生徒が口を開いた。
「わかったよ、言うよ……」
「イサム!」
隣の男の子が非難めいた声をあげたが、イサムと呼ばれた少年は「どうせいつかは言わなきゃしかたないだろ?」とそちらを一瞥した。
それから、肩をすくめて、イサムは言った。
「……来る途中で、逃げちゃったんだ。うさぎ」
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