…居心地悪ぃ。
普段学ランのカラーなんか止めねぇから、首の辺りがもの凄くきつい感じがして、なんつーか、果てしなくうざい。
「…あー……めんどくせー……」
やる事ねぇし、やれる事もねぇし。ただぼけーっとしてるなんつーのは、かなり苦手だ。
ポケットに手を突っ込んで、後ろの壁に寄りかかった。多分、大理石とかってヤツ。冷たくて気持ちいい。
「あんまりだらけるなよ、流」
同じ様に、中学の制服を着て突っ立ってた荒が、そう突っ込んできた。
「人の目、考えろ」
「さらされまくってお腹イッパイ」
いつもなら、コイツのこういう、冷めてるっつーかなんか人を見下した風に(少なくともオレは)思えるつっこみにハラ立ててるトコだけども、オレの脳みそは現在、果てしなくとろけまくっている。突っかかるのもめんどくせぇ。
適当に流してから、なんとなく、愚痴たれた。
「大体さぁ、親父もなんだってこんっなクソ早い時間に着くように出たんだ」
「そういう性分だろ、昔っから」
待ち合わせなんかの時間的な決め事に対して、ウチの親父殿はひじょーぅに気にするタチなのだ。
別に悪いこっちゃねぇけど、付き合わされる身としちゃ、たまったもんじゃねぇ。
「判ってっけどさぁー」
なんちゃら云うでかめのホテルの、つまりロビーってところで、ただひたすらに、なんとか時間を潰そうとしていた。
原因であるところの親父殿は只今、トイレを探して、多分、さまよっている。
ちょっと行って来る、と云い残したまま、もう5分は経ってるハズだ。
…アイツ、いくら方向オンチだからって、まさかホテルで迷子って事はねぇと思うけどさー…
考えても仕方ねぇ、と、アタマを切り替える事にした。
つっても、出来る事は限られてんだけどな。
「あと、何分?」
言葉に、荒が、左腕に目を走らせた。
そうして、地獄の宣告。
「予定だと、まだ1時間強」
オレ、思わずでっかいため息。
「……早く、向こうさんが来てくれんのを祈るっきゃねぇのか……」
今日。これから。
オレ達は、そう遠くない未来に『母親』になる人に、会う。
…ハメになっていた。
「再婚しようと思う」
晩飯時。
曰く「楽しい家族団欒」ってヤツをやってる時、親父は突然そう云った。
因みに、これ金曜日。つまり一昨日のハナシ。
「…は?」
テーブルの向かいに座る親父は、何も無かったようにコロッケ(飯当番・荒。微コゲ)なんぞつまんでる。
俺はと云えば、反射的に出た「は」以外に云う言葉も見つからず、茶碗を持ったまま止まってたんだけども。
「相手は」
同じ様に箸は止まってたが、荒がそう、横から訊ねた。これだから、考え物関係はコイツに任すに限る。
「会社で知り合った。事務で2年くらい前に入ってきた人で。彼女も、数年前に旦那を亡くされていて──まぁ、そんなわけで」
「どんなワケだよ」
親父の言葉に脊髄反射。
嗚呼悲しきかなオレのツッコミ気質。曖昧系の親父にツッコミを入れるのは、昔からオレの役目なのである。
「っつーかさ、1コ訊きてーんだけど」
丁度良い。気になる事がひとつあった。この男ならやりかねねぇ。
ひとつ、呼吸を整えてから、親父を見据え、訊ねた。
「その「しようと思ってる」っつのは、もう彼女さんに云っちゃったのかよ」
「うん、まぁ」
かるーく、適当に相づち打つ様にさらりと答え、マカロニサラダ(荒仕様・マヨ少な目)に箸を伸ばす親父殿。
置いてけぼりに、固まってしまった、オレ。
は、と気づき、慌ててツッコむ。
「オイ「うんまぁ」じゃねぇってってとりあえずその淡々と食うのをやめろ!」
「つまるところ」
はぁぁ、と、聞こえるくらいのため息を吐いてから、荒が口を開いた。
「もうその人と話は付いてて、実のところ今のこの会話は事後承諾なんだな」
「ま、そうなるかな」
拝啓。
天国で多分幸せに暮らしてらっしゃるであろう母上様。
アナタは、何故、こんなマイペース人間と結婚してしまったんデスか。