☆☆☆☆☆
Step Out
☆☆

 

 泣きそうだった。
 だって、まだ5月だ。
 まだ5月ってことは、まだ1ヶ月しか使ってない。
 それなのに。
 制服のまま、学校と駅の間を往復していた。
 もう、あたりはだいぶ暗い。
 今日はめずらしく部活もなくて、授業の後のHRが終わったのが3時、過ぎ。
 掃除当番でもなかったし、早く帰ろう、と駅まで歩いていって――定期が、ないことに気がついた。
 かばんをひっくり返すぐらいの勢いで探したし、制服についているポケットにはすべて手を突っ込んでみた。それでも、見つからなかった。
(落とした……?)
 そんなはずは、と思ったが現にないのだから、可能性としてはそのぐらい……のはずだ。
 1回学校への道のりを逆にたどりつつ、道端を見て歩いた。
 門まで来て、学校の中も、自分が通ったと思われるところは見て回った。
 それから、もう1度、駅まで行ってみた。
 少しは期待して、駅のインフォメーションと駅前の交番にも足を運んでみた。
 結果は――今、こうしてもう1度学校への道をたどっていることが、そうだ。
 前から運動系の部員らしき学生が数名、にぎやかに歩いてくるのを見て、そういえば、と腕時計を眺めやる。
 短い針が、5の数字と6の数字の間にいた。
(…………)
 小さいため息が出た。
 もう、あきらめたほうがいいのかもしれない。少なくとも、今日のところは。
 この暗さでは、みつかるものもみつからないだろう。そんなに大きくて目立つものでもない。
 定期に名前が、書いてある。学校の図書館のカードも、入れていた。同じ学園生なら、気がついて届けてくれるかもしれない。そう、明日にでも。
 都合のいい考えだ。
 でも、そうして、ほんの少しでも可能性を残しておきたかったのだ。
 それでもここまで来たから、門まで行ってみよう、とそのまま歩いていく。
「なにしてるの?」
 ふいに、声をかけられた。
 顔をあげると、この春からクラスメイトになった三波琴枝が立っていた。他にも、数名。
「……あの、ちょっと、落し物をしてしまったみたいで……」
「落し物? 大変だねー」
 とてもそう思っているようには聞こえないのは、気のせいだろうか?
「それって、大事なものなの? 一緒に探してあげよっかー」
「あ、ううん、たいしたものじゃないの」
 とっさに、嘘をつく。
「そうなの? なんだか、そうは見えないけどー?」
「……そう?」
「まあ、本人が言うならねえ、あたしたちだって別にヒマってわけでもないしー」
 ねえ、と一緒にいた女の子たちに同意を求める。笑って。
「うん、それなら、ほんとに……気にしないで。……どうもありがとう」
 それじゃあ、と一方的に話を終わりにして、足早に歩き出した。

 門が見えてきて、ようやっと、歩調をゆるめる。
 さっきの対応は、すこし、感じが悪かっただろうか、という考えが頭をかすめた。
 どうも彼女たちのグループは苦手だった。明るくて、にぎやかで、それは決して悪いことではないのだが……自分でもよくわからない内に距離をおいていた。そして、むこうもそういうこちらの態度に気がついているのだろう、ほとんど言葉をかわしたりしない。
 それでも、さっきは話しかけてきたのは……なんだったのだろう。
 本当に、親切に声をかけてくれたのかもしれない。切羽詰まっている雰囲気を感じ取ってくれたのかもしれない。
(だとしたら、……)
 悪いことをしてしまった、と追い討ちのように自己嫌悪がのしかかってきた。
 足取りが、重くなる。
 門柱に「星火学園西門」という立派な文字。
 その大きな門をくぐった時点で、ぴたり、と足を止めた。
 気分が悪い。
 帰ったほうが、いいのかもしれない。
 探すアテなど、もうとっくにないのだ。
 ……気分が、悪い。
 門柱にもたれかかって、そのままじっとする。目をつむって、ゆっくりと息をする。
 定期入れ。
 定期はいい。また買える。でも、定期入れは、もらいものだったから。
 祝って、くれたのが、そのひとだけだったから。
(……帰ろう)
 まぶたをやや無理やりあける。
 すると、視線がバチッと合った。
 たぶん、昇降口から出てきてまっすぐ歩いて来て――こんなトコに立っているから、気にされてしまったのかもしれなかった。
 なんとなく、居心地が悪くて目をそらそうとした瞬間、声をかけられた。
「気分でも悪いのかい?」
 たぶん、上級生なのだろう。制服から、真新しい感じがしない。
「……いえ。だいじょうぶです」
 小さく、答える。
 そうしてしまってから、信憑性がない口調だな、と自分で思って、慌てた。
「あ、あの、少しだけ、気分が悪かったんですけれど……もう、なおりましたから」
「顔色が悪いように見えるけど」
 黄昏時だからかね、と言って空に視線を向けてくれたので、ほっとしたのもつかの間、
「……ところで、なにか探し物でもあるのかい?」
「え……」
 何気ない感じで言われ、思わず絶句する。
 すると、「ああ、おせっかいだったらごめんよ」と手を振られ。
「さっきもこの辺、歩いてただろう? ええと、1時間ぐらい前か。たまたま見かけてね。それで、またいるからさ」
「…………」
「もし、なにか探してるんだったら、……そうだね、交番とかにはもう行ったんだろうね」
 うなずく。
 うなずいてから、「探し物」という言葉を認めてしまったことに気がついた。
「校内でなくしたのなら……まず、生活指導課だね。行ってみたかい?」
 首を横に振る。
 でも、考えてみたら、そこへ行くのが正解だ。
「おまえさん、1年生だね。だったら知らないかもしれないけど……風紀委員会とかにも足運んでみたらいい。校内巡回とかしてるから、落し物とか、拾っててくれる可能性高いよ」
 ま、もっとも最終的には生活指導課のほうへ回るだろうがね。
 そう付け足して、「それから」とついでのように言った。
「それでも見つからなくて、でもあきらめられないようなら、力になれるかもしれない。その気があったら声かけとくれ。あたしは2年A組の渡瀬あやめってんだ」
「A組……?」
 思わず声をあげてから、赤面する。
「す、すいません……」
「ああ、気にしなさんな」
 と、笑う。
「どういうわけだかA組になっちまっただけで、特別なこたぁないよ」
「そ、そうですか……。あ、の、親切にありがとうございました。わたし、1年G組の山上雪花といいます」
「山上さんか」
 あやめは軽くうなずいて、
「なにをお探しかは知らないが、見つかるといいね」
 大事なモノなんだろうから、と目を細めた。
「はい……」
 ありがとうございます、と雪花はもう1度、言った。

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