九条 遠哉……

3年D組。風紀委員。ファンクラブが結成されるほどの人気をもつ。
 
〈家族構成〉
父(一緒に住んでいない。仕事に関係か)
母(体があまり丈夫ではないらしい)
妹(星火学園中等部在学中。極度のブラコン?)

 

 

 晴天。
 太陽の光に目を細めつつ、九条遠哉は星火学園高等部の門をくぐった。
 まだ、1時間目が始まる時刻まで30分はある。人影はまばらだ。
「九条先輩! お、おはよーございますっ」
 横から挨拶してきたのは、遠哉と同じ委員会の後輩――女の子、である。とりあえず、顔は覚えていたので言葉を返す。
「おはようございます。……確か、あなたは今週、正門の当番でしたね」
 名前は覚えていないのに、その関連のことは忘れない。
「はいっ、そうですっ」
 女子生徒の声がうわずる。
「今日はなんだか暑くて大変だとは思いますが、しっかりやりましょう」
「はい、がんばりますっ」
 昇降口に着いて、女子生徒と別れ、自分のゲタ箱へむかう。
(すっかり、身についたものだな、俺も……)
 心の中で自嘲の呟き。
 1年、2年、そして3年と、風紀委員などという似つかわしくない役目をこなしているうち、それなりの「ソトヅラ」が形づくられた。
 丁寧な言葉使い、穏やかな応対、それから――あたりさわりのない笑顔。
 中学の頃には、考えられなかった自分の姿だ。
(――だが、中身はかわらない)
 上履きにはきかえ、カバンを置きに一旦、教室へとむかう。
(……だから、柴野に笑われるんだな……くそっ)

 

 

 早朝登校。
 教室にカバンを置いた後、遅刻チェックのファイルを取りに会議室へ。
 ちなみに遅刻チェックは教室前(本鈴)と正門(予鈴)の2か所でおこなわれる。

 

 

 今週、遠哉は正門の当番である。
 教室の時には1クラスに1人ずつ担当するのだが、正門ではいちいちクラスで区別などしない。
 チェックする風紀委員もやや飽和気味になるため、3年生はもっぱら後輩に説明・指導、そしてチェック用紙の回収などを担当することになっている。
 だが、実際のところは説明なぞ1、2回すれば充分なのだから、チャイムが鳴るまでは割合、ヒマをもてあますことになる。
 それはそれで別にいいのだが、下手に立っていると声をかけられるのが難点だ。特に、声をかけられたくない人物に見つかると最悪である。
(……すこし、正門以外の所を見回ってくるか)
 巡回は朝の仕事ではないが、そう理由をつけて門から離れることにした。
「時間があるので辺りを巡回してきます」
 近くにいた風紀委員に言って、遠哉は歩き出した。
 門から離れても、ちらほら人はいる。部活の朝練をして戻ってくる者もいるし、学園には寮もあるので、昇降口へむかう人がすべて正門を通ってくるとは限らないのだ。
「あれ、遠哉じゃないか」
 ななめ後ろから声をかけられ遠哉が振り向くと、そこには親友の中務亮がいた。
「亮。おはよう」
「おはよう。今朝は門にいなくていいのかい?」
「いや……まだチャイムが鳴るまで時間があるだろう? だから、見回りをしているんだ」
「それは御苦労様だね」
 にこやかに亮は言ったが、この親友は自分がこんなふうにしている理由をちゃんとわかっているような気がして、遠哉は話題をかえる事にした。
「亮こそ、今日は朝練はないのかい?」
 亮は吹奏楽部のフルート奏者である。
「ないよ。行事がこれといって迫ってきていないからね」
「おっ、亮サマ、まだこんなとこにいらっしゃるっ」
 側を通りかかった男子生徒が、ひょいっと顔をのぞかせてきた。
 高3にはちょっと見えないその童顔には遠哉も見覚えがあった。寮生である亮のルームメイトで、今年度、遠哉とクラスメイトになった梅ヶ丘豪である。
「豪くん。あいかわらず支度が早いね。寝坊した、先行ってくれっていうから、先に出たのに」
「そりゃ、俺、着替えなれてるもんさ」
 体育系の弱小部に助っ人としてほうぼうで重宝されている豪は、にかりと笑った。それからふと、遠哉を見て、
「あ、なんだ、九条じゃん。おはよ」
「おはよう、梅ヶ丘くん」
「……えーっと、俺、親友の会話のお邪魔してる?」
「いや、そんなことは」
「そうだよ、豪くん。ちょうどいい、一緒に行こう。それじゃ遠哉、また」
 と、手をあげて豪と去って行く亮。
 2人を見送り、遠哉は腕時計を眺めた。
(……まだ若干、時間があるか)
 正門を眺めやると、ちょうど登校のピークにさしかかろうというところ。
 灰色の群が正門から昇降口へと流れていく。
(いつ見てもすごい人数だな。まあ、1学年が10クラスもあるんだ、当然といえば当然か)
「くーじょーくんっ」
「!?」
 突然、顔をのぞきこまれて、思わず遠哉は1歩後ずさった。
「おはよ〜」
「……おはよう、九条、くん」
 近くでにっこりしているのが楠木杏、1歩離れた所に立って「とりあえず」というふうに言葉を発したのが、何の因果か3年生になって同じクラスになってしまった、楠木栗である。
 双子だけあって姿形はそっくりなのだが、しゃべると一発でわかる。ちなみに、いいかげん、遠哉は話し方をきかずとも見分けがつくようになってきていた。
「……おはようございます、楠木さん」
「くじょーくん、知ってる〜? 今日はねえ、4月のまだ中旬なのにねえ、6月ぐらいの気温になるんだってー。それでねえ……」
「あんず」
 栗がすっ、と杏の言葉をさえぎり、
「そろそろチャイムが鳴るから、行かないと」
「ええ〜、だってせっかく……」
「……あんずのクラス、確か1時間目、体育じゃなかったっけ?」
「むう〜」
 不満気にうなっているところをみると、栗の言うとおりなのだろう。遠哉は知らず、口を開いていた。
「だとしたら、早く行った方がいいのでは? 体育科の先生の中には、僕達、風紀以上に遅刻に厳しい方もいらっしゃいますからね」
 それに楠木杏は着替えがトロそうだ、と遠哉は思った。言いはしなかったが。
「ほら、あんず」
「ん〜……じゃあまたねえ、くじょーくん〜」
 うながされ、遠哉に手を振りつつ、杏は栗と一緒に歩いていってしまった。
 なんとはなしに、目で追う。
 昇降口付近で、白髪の男子生徒と会ってしゃべりながら中へ入っていくのを見て、遠哉は視線をそらした。
(……そろそろ、予鈴だな)
 思ったそのとたん、チャイムの音が響きはじめた。

 

 

〈交友録〉

中務 亮 … 
3年A組。九条の親友らしい。寮生。
同室者は梅ヶ丘 豪(3年D組)。
こちらは九条とは同じクラスながらもあまり面識はないもよう。
     
楠木 杏 … 
3年F組。九条に好意をよせているという噂アリ。しかし、いまのところ九条との関係は不明確。
     
楠木 栗 … 
3年D組。九条とは1歩距離を置いて接しているフシがある。理由は不明。

 

 

 4時間目終了のチャイムが鳴り、遠哉は教科書類を机にいれると、弁当が入ったカバンを持って席を立った。
 新学期になって、半月がたつ。が、やはりあの楠木栗と席が前後というのは、慣れない。というか妙に落ち着かない。
 「くじょう」と「くすのき」で、遠哉のほうが席は前である。だから、栗の姿は視界には入ってこないのが、不幸中の幸い、とでもいうべきか。
(いっそのこと、先生に席替えを提案してみるとか……しかし、まだ半月ではな……)
 そんな事を考えながら廊下へ出る。と、ハナ歌まじりで歩いてきた男子生徒と目があった。
「…………」
「あっ、なんや、目ぇそらさんでもええんやないの? 感じわるいなー、あいかわらず」
 近寄ってきたのは、遠哉の中学時代からの悪友、柴野幸一郎である。
「そんなんで友達できはるんか? せっかく新しいクラスになったってえのに」
「よけいなお世話だ。そっちこそ、その白頭で友達ができるのか?」
「失礼やね〜。人間は外見より中身や中身。それに杏ちゃんが一緒やしなー、退屈しぃひんわ」
「…………」
「あ、そーいやあんたはんは栗はんと一緒なんやったなあ。席も前後とか」
 えーえ環境やなあ、と、にやりとする悪友を遠哉は真剣に殴りたくなった。
「用がないならとっとと――」
 失せろ、と続くはずの言葉を遠哉は飲み込んだ。優雅に颯爽と廊下を歩いてくる女子生徒と目があってしまったからである。
「あら、九条さま、柴野さま、ご機嫌よう」
 足を止め、にこやかに挨拶してきたのは、「ミドリひめ」という愛称で呼ばれ、1部の人々に熱烈に慕われている鷹美倉碧子だ。
「碧子はんやないか。久しぶりやね〜」
「……こんにちは、鷹美倉さん。これから部活ですか?」
 碧子は馬術部部員なのである。
「ええ、そうですわ、九条さま。おふたりはこれから御一緒にお食事ですの?」
 誰がこんな奴と、とは言わず、遠哉はおだやかに、
「いえ、僕はこれから会議室で委員会があるので」
「つきあい悪いんやわ〜、この男。だから友達でけんのやでー」
「柴野さま、友人は多ければいいというものではないと思いますわ。たとえ1人しか友人がいなくともその方と深く理解しあえれば、10人の知人にも勝るのではありませんこと?」
 碧子はにこりと笑って続けた。
「九条さまはそういったご友人をお持ちのご様子。すばらしいことですわ」
 はあ、と曖昧なあいづちを打ちかけて、遠哉はハタと気づいた。
(もしかして、俺と柴野がそうだと言っているのかっ?)
 だとしたら、ものすごい誤解である。
 そのことを問おうとした遠哉だったが、口を開いたのは碧子のほうが先だった。
「あら、わたくし、もう行かなくては。失礼いたしますわ、九条さま、柴野さま。ご機嫌よう」
「碧子はん、またなー。部活、がんばってやー」
 声もなく見送る遠哉とは対照的に、幸一郎は手まで振っている。そして、碧子の姿が視界から消えると悪友は言った。
「いっやー、ハタ目から見ると俺らって仲良しさんなんかねー」
「……考えたくもない」
 一言そう吐き捨てると、遠哉はさっさと会議室へと歩き出した。
「ほんまに失礼な奴やね〜。そんなこっちゃ杏ちゃんに嫌われてまうんとちゃうかー」
 この柴野幸一郎の言葉が遠哉の耳に届かなかったのは――やはり幸い、というべきであろう。

 

 

 1時間目から4時間目まで授業。どの教科でもソツなくこなす、とは評判どおり。
 昼休みは会議室にて風紀委員会のミーティング。ちなみに、それがなくても昼飯は会議室で食べているようである。
 

〈交友録〉

柴野 幸一郎 … 
3年F組。2年の3学期に転校してきた。京都出身同士、九条とは顔見知りのもよう。
友人……なのかは断定しかねる。
     
鷹美倉 碧子 … 
3年H組。馬術部。九条の知人、というよりは彼女の知人の内の1人が九条、というべきかもしれない。

 

 

 放課後。
 朝会った楠木杏の言葉どおり、昼間は暑かったが、このぐらいの時間になると気温も下がってきたようだ。これが春と夏との違いであろう。
(これなら外の巡回もしやすいというものだな)
 今回は巡回の指導をする予定、が、その指導される側の委員が欠席しているので遠哉が1人、回ることになっていた。
 巡回のルートはいくつかあって、遠哉はいわゆる「外回り」の当番にあたっていた。
(指導もないし、早く終わらせて帰るとしよう)
 カバンを持って昇降口へむかう。と、途中で知った顔に会った。
「九条さん、こんちはっ」
 ハキハキとした口調で笑顔をむけてきたのは1年下の後輩、加納洋人である。
「こんにちは、加納くん。これから生徒会……ではなさそうだね」
 洋人が行こうとしているのは部室棟へつながる渡り廊下のほうだと気づいて、遠哉が言うと、
「あ、今年度から剣術部に入ったんですよ、俺」
「剣術部? それはまた……」
「ははっ、スジがいいってほめられたらその気になっちゃいまして」
 と、洋人は笑って、
「九条さんは? もう帰るとこですか?」
「いや、これから委員会の仕事があるんだ」
「風紀の? ああ、巡回ですか。大変ですね、委員会ってのも」
 ご苦労様ですッ、とやや格式ばった声で言い、次の瞬間、「おっといけない」と洋人は時計を眺めやった。
「もう行かないと。じゃ、九条さん、また。さよなら」
「さようなら」
 遠哉が言い終えるかどうか、という時点で洋人は駆けて行ってしまった。意外と急いでいたようだ。
(部活か……俺には縁のない単語だな)
 別に入りたいとは思わないが、風紀委員をやっている以上はどちらにしろ無理である。
(――今日はまた、亮の音が聞こえるかもしれないな)
 たまに屋上でフルートの練習をしている友人のことを思い出しつつ、靴にはきかえ外に出ると、かわいらしい声がとんできた。
「くじょうせんぱいっ」
 呼ばれた方向を見ると、そこにいたのは昨年度の冬にひょんなことから知り合った小等部の女の子、寒河江未国だった。
 とたとたっ、と近づいてきて、未国はぺこりと頭をさげた。
「こんにちは、おひさしぶりです、くじょうせんぱい」
「こんにちは。えーと……寒河江さん、だったかな」
「そうです、さがえみくに、です。おぼえていて下さったのですね。かんげきですっ」
 未国は目をキラキラさせている。その様子に微苦笑しつつ、遠哉は未国の視線にあわせてかがみこんだ。
「それで、なぜこんなところに?」
「はい、それはですね」
 未国は持っていたカバンから小さな包みを取り出し、
「これ、わたしがつくったクッキーなのです。ともだちとお茶するためにやいたのですが、うまくできたのでくじょうせんぱいに食べていただきたいと思いましたのです」
 ちょこんと包みを両手にのせて、遠哉に差し出してきた。
「うけとって、いただけますですか?」
 遠哉は、もちろん、と未国から包みを受け取った。
「どうもありがとう」
「どういたしましてです。それではわたし、ともだちに待ってもらっているのでこれでしつれいさせていただきますです」
 ごきげんよう、と頭をさげると未国は、ぱたぱたっと門のほうへ走って行った。確かに小等部生らしき女の子が1人、門のところに立っている。
 と、正門の脇に生えている桜の木の影から、これまた小等部生らしき男の子が未国の前にとびだして――こようとして、根っこにつまずいた。
 未国を待っている女の子のほうは、その男の子に気づき、何事か言ったが、未国にうながされるようにして一緒に行ってしまった。
 男の子があわてふためいた様子でヨロヨロと追いかけて行く。
(元気なものだな、小学生は)
 遠哉はやけにのんきにそんな感想をもち、もらった包みをカバンにいれた。

 

 5、6時間目授業。のち、HR。
 放課後は委員会か巡回。それがないときはまっすぐ帰宅。
 

〈交友録〉

加納 洋人 … 
2年A組。剣術部。生徒会にも出入りしているので、九条とはそっち方面からの知り合いか。
あの二階堂明良(3年G組)とも仲がいいらしい。
     
寒河江 未国 … 
星火学園小等部生。3年H組。
九条とは顔見知りのようだが、どのようなつながりからかは不明。

 

 

 巡回を終え、やれやれ帰るか、と正門をくぐった遠哉は、突然がばっと誰かに抱きつかれた。
「!? ――綾!」
 見ると、遠哉の妹、綾が「びっくりした?」と、笑ってこちらを見上げている。
「ふふ、綾ねえ、兄さまと一緒に帰ろうと思って待ってたの。遅いから探しに行こうかと思ってたとこなんだから〜」
「……わかったから、離れろ。歩けないだろう」
 綾をひっぺがす遠哉。
「兄さまったら冷たいっ。あ、待ってよ、兄さま。――これならいいでしょー?」
 と、綾は腕を組んできた。確かに、抱きつかれるよりはマシだが……。
「綾。俺と一緒に帰るのなら、ちゃんと1人で歩け。じゃなかったら一緒には帰らないぞ」
「……兄さまの意地悪っ」
 腕をといて、綾はむくれた様子で言った。
「せっかく今日、調理実習で焼いたクッキー、兄さまのためにとっといたのに」
「……クッキー?」
 微妙に遠哉の声のトーンがかわったのを、綾は聞き逃さなかった。
「なに、兄さま。クッキーがどうかしたの? もしかして、また誰かにもらったのっ!?」
「……そうだとしても、おまえに関係ないだろう」
「兄さまっ」
 ずいっ、と綾が顔をつきだしてきたので、遠哉は心もち身をひいた。
「兄さまが人気があるのは綾わかるわ。当然よ。でもね、誰もが兄さまにふさわしいとは限らないのよっ。兄さまとちゃんとつりあう人でなきゃ、綾、許せないっ」
 力説。
 こうなると妹の話はなかなか終わらないのだ。
(……めんどうなことに……)
 心中で嘆息し、結局、遠哉は家に着くまでの間、何度も「うるさい」を連発する羽目になったのだった。

 

 

 〈家族構成〉 妹 (星火学園中等部在学中。極度のブラコン

 

   

 

 

 

 星火学園高等部部室棟。
 その建物の奥まったところにあるのが、知る人ぞ知る、探偵部の部室である。
「ふぅん……」
 探偵部のカオ役、渡瀬あやめは「調査書」と銘打った紙をナナメ読みして言った。
「ロッカイ、あんた、手ぇ抜いたね?」
 机をはさんであやめの向かいに座っていたロッカイこと六海晋は、両手をひらりと振って、
「っんなー、野郎の調査なんって、オッモシロクねーんだもん」
「でも、ロッカイ先輩」
 あやめと晋の1年下の後輩、山上雪花が2人の前にお茶をいれた湯のみを置き、
「男の方の調査は男子部員、女の方の調査は女子部員、がウチの原則ですよ」
「そらそうだけっどもさー」
 ずずーっ、と晋はお茶をすすり、ぷはっ、と息をついた。
「せっちゃんの茶はうっまいねー」
「……ロッカイ先輩。お世辞を言ってもダメです。これは、あやめさんのおっしゃるとおり、手ヌキにしか見えませんよ」
「……あのね、それでもね、俺は愛チャリを泣っく泣く家に置いてね、1日かけて調べたんだけっどもさ、そのへんは評価の対象にはしてくっないわけ?」
「評価対象外、だね」
 チャリンコ爆走同好会会長の言葉を、あやめはバッサリ切り捨てた。
「だいたい、あんた、今までの中で1番のやる気のなさじゃないか。男子女子の問題じゃないんだろ」
「……わっかてんのにやらせんだから人の悪い姐さんだよなあ」
 晋はイスの背にどかっともたれかかり、
「そっだよ、アレ嫌いだもん、俺。だいたい、なんっで今更調査? たっしか去年、誰かやってたじゃん」
「開きなおるでないよっ。……ったく」
 あやめは持っていた紙を机にパサリと置いて、足を組んだ。
「しかたないだろ、需要があんだからさ。さすがにいちいち調査しやしないけど、今年度は今年度のもんじゃないと気がひけっちまうよ」
「需っ要ねー……まっすますやる気がそげたねー。俺、再調査なんてしっないからねー」
 そっぽをむく晋の様子に、雪花がくすりと笑って机の上に置かれた紙を手に取り、
「これでも、まあ充分じゃないでしょうか、あやめさん。昨年度の調査とあわせれば……基本的に、そう変化はないみたいですし」
「おっわー、せっちゃーん」
 感謝感謝、と晋は顔の前で手をすりあわせている。あやめは半眼になって、
「しようのないオトコだねえ……。ゆきはな、んじゃそれ、ファイルしとくれ」
「はい」
 紙を持ったまま、雪花は2人に背をむけて、棚にずらりと並んだファイルの中から1冊抜き取った。後ろでは、会話が続いている。
「いっや姐さん、いいオンナ! 感謝感謝っ」
「はん、あんたにほめられたとこで嬉しかないね。こんなこと、次があるたぁお思いでないよ」
「……あいっかわらずキッツイ姐さんだよ。そっんなんだから男の1人も……」
「おや、再調査するのかい、ロッカイ。そいつぁいい心がけだね。ゆきはな、その紙、処分……」
「うっわあ、待ったあ! 姐さん、そっれだけは! かんっべん! ね!」
「……あんた、ほんとに嫌なんだねえ……」
 笑いを含んだあやめの声をききながら、こらえきれずにくすくすと笑いつつ、雪花はちゃんと調査書をはさみ――パタン、とファイルを閉じた。

 

☆ 「セイカな1日」 おわり ☆

 

  

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