カラリ、と背後で乾いた音が鳴った。
見れば吹き込んだ夕暮れの風に、境内の掛けられた絵馬たちがいっせいにその身を翻すところであった。
カタカタカタ…
いつの間にか日暮れは近い。
景色は沈み行く陽光の色に染められ、社も狛犬もみな一様に身を赤く火照らせていた。
賽銭箱から首を巡らし石段を見やると、普段は白い御影石が、この時ばかりはと燃え上がるようにその縁を輝かせている。後ろに続く下りの斜面は、おそらく一面に朱色と化していることだろう。
まるで火の海のようだ。
ふと、眼裏の燃え立つ光景に不吉なものを覚え、わたしは視線を他方へと彷徨わせた。
私の帰るべき道は、これではない。
今見つめるその石段は、我が家へとは導いてはいなかった。
向かうべき帰路は社の奥の、黒ずんだ雑木林の向こうにある。
既にそこは光の帯も届かず、社の影と混じり合って黒々と風景の中に沈み込んでいる。早々に消え行く陽光を背に、私は家路を急ぐことにした。
カラリ、カタン。
また背後で絵馬が鳴った。
その音は私のすぐ後ろから聞こえたのだった。足を止める。
日を受けて多少は温もっていた背中が、氷の冷気を当てられたように冷え冷えとした。
ひやりと首筋を撫でて、周りの空気が押し流されていく。耳の後ろあたりに、冷たい吐息を感じた。
彼女がきたのだろうか。
そっと背後の空気が、頷いた。
『私の愛しい罪びとよ、迎えに来ました』
赤い陽光が凍りついた。
素材提供: 暗黒工房さま