魔法少女リリカルなのはA's VerH −宵闇の小夜曲−



   ◇

 その光柱は、静止衛星軌道上に固定しているニルヴァーナからでも観測することが出来た。
「か、邂逅地点にて、異常を検知!」
 上擦った声で報告するクリスのそれは、ほとんど悲鳴だった。
「セフィロトの枝片による、エネ、エネルギー励起です!
 これは・・ナ、bh『ケテル』!」
 過去に回収し、検分された枝片の特徴は、既にニルヴァーナのデータベースに蓄えられている。そしてそこに記された内容と照らし合わせた結果、邂逅地点で起こっている現象は、容易に推察することが出来た。
 運命演算器としての機能を歪められ、時空を破壊する爆弾と成りはてたロストロギア『セフィロト』が、哀れなその姿を取り戻さんと、施された封印を解き放って動き出したのだ。
 だが報告したクリスの表情は、未だ険しかった。
 枝片が発するエネルギー発生量が、過去のデータに合致しないこと気がつき、そしてそれが腑に落ちなかったからだ。だから彼女はその原因を調べるべく、その指先を忙しなくコンソール上で動き回らせていた。
 そして程なく、その原因は明らかとなった。
 周囲の山中の地下などから生まれた小さなエネルギー、魔力素の流れが寄り集まって奔流となり、それこそ萬川集海の字の如く、怒濤の勢いで励起したロストロギア目掛けて流れ込んでいたのだ。そしてその結果、セフィロトの枝片はこれまでに記録されたデータの倍以上もの出力値を示してみせたのだ。
 それが判明した途端、クリスはもちろんセインも、そろって臍を噛んだ。
 何度も繰り返し現地をスキャンしたというのに、地中奥深くに眠っていた地下水脈の情報を、そろって見落としていたからだ。
 クリスは顔面蒼白になり、セインは腹立ち紛れに、舵輪を強かに殴りつけ、胸の内を吐露してみせたものだ。しかしそんな二人の様相を見るに付け、シモーネもまた忸怩たる思いに駆られていたのである。
 ゼーレ達の要衝を押さえる意味でも有効と判断した艦砲射撃が、裏目に出たという事に対してではない。確かにどこかで彼らのことを甘く評価し、慢心していたのかもしれないが、ここまで堅牢な城塞とでも言うべき要害を、周到に手配していた彼らの抜け目なさ、そしてそれを看破できなかった自分の不甲斐なさ故にだ。
「二人のミスは、指揮官である私のミスでもあります。
 そんなに気に病まないでください」
「ですが艦長!」
 彼女の言葉に、二人が異口同音に声を荒げてみせる。それを無言で制したシモーネはしかし、腕組みした姿勢で状況を示すスクリーンに向けて、苛烈なまでの視線を送って睨みすえたのである。
 やってくれますね・・・!
 出し抜かれたことに対し、切歯扼腕するような無様な真似はしない。氷の淑女の矜持に掛けて、そんなことができるわけがなかった。
 だから彼女は動くのだ。相手が打ってきた好手に怯むことなく、巻き返しの一手を打たんとすべく、その口元に薄い笑みを浮かべてみせて。
「クリス、はやてさんに連絡を! 最優先で!」
 だがシモーネの、はやてに現場の状況を確認しようという意図は、
「艦長! 五時の方向に感アリ! 時空震! 距離・・三万八千!」
 という驚天動地の報告によって阻まれてしまったのである。
 そうだ。彼女が懸念していた相手が、時空間閉鎖されたこのランスベルクに、強引な手段でタッチダウンしてくる無法者どもが来寇したのである。最悪のタイミングでだ。
 だからシモーネの表情は、不敵なモノからたちまち苦虫を噛み潰したようそれへと激変したのである。
「こんな時に・・・!
 全艦回頭! 主砲、軸線合わせ!
 本艦は予定通り、外敵の迎撃行動に移ります!」
 まるで示し合わせたようにやってきた凶徒、悪漢共に対し、シモーネは悪態を一つついたものの、直ぐさま思考を公人のそれに変化させて、対処してみせた。
「シンシア! 時空震から想定される艦の大きさは分かる?」
「あ、ハイ!
 ・・巡航艦Mクラス相当! 時空震の数・・二つ!」
 シモーネの問いかけに、即座にシンシアは対応し、返してみせた。
 意志決定機関とやらの決意の程が伺えますね・・・。
 シンシアの返答を聞いたシモーネは、クッと生唾を飲み込んでみせた。
 M級巡航艦程度の艦といえば、ミッドチルダに存在する軍需企業が、自信を持って提供している強襲揚陸艦と同程度の大きさだ。L級巡航艦であるニルヴァーナに比して一回り小さくとも、その腹に抱え込んでいる数多の艤装の数々は、完全にこちらのそれを上回っている。疾風怒濤の勢いで推参し、十数体抱え込んでいる工作兵器(自立行動する重武装されたゴーレム)と、それに随伴する小隊規模で一ダースはいる工作兵でもって、破竹の勢いで拠点制圧することを旨とする艦なのだから当然だ。
 それが二隻でやってきたというのだから、その本気のほどが窺い知れて、如何な腕に覚えのあるシモーネであっても、緊張に振るえ、生唾を飲み込まずにはいられなかったのである。
 しかし彼女は『静かなる微笑のアイアンメイデン』なる異名を持つ女傑である。武者震いこそすれ、決して臆することはしなかった。
 でもその一方で「クリス。はやてさんに打電を」と、気遣うことを忘れない。
「我、厭客ト邂逅セリ。打チ合ワセ通リ、貴殿ノ奮闘ニ期待スル。以上」
 直ぐさま、クリスが書き起こした電文の子細を確かめたシモーネは、一つ頷いてみせた。それを受けてクリスが発信作業を行っている内に、彼女はキレイさっぱりその事を思考の埒外へと追い出した。
 短い一文ではあるものの、それだけではやては全てを理解してくれるはず。と、信頼していたからだ。また、間違ってもこちらの支援になんかこないはず・・とも。そんなことをすれば、この時空間はロストロギアによって、素粒子すら残らない、文字通り空間すら存在しえない『虚無』に帰すことになってしまうかもしれないからだ。
「セイン。主砲は?」
 艦長席の前に雄心して立ち上がったシモーネは、舵輪を振り回している操船に集中しているセインに呼びかけた。
 しかし操船に集中していると言っても、彼は敬愛する艦長の声を聞き漏らすような間抜けではない。
「パワーコンデンサ、充電特性ギリギリです。威嚇射撃程度には!」
 と明瞭且つ、快活に応えてみせた。
 パワーコンデンサは充電池としての機能を有してはいるものの、それは一時的なものでしかない。充電状態のまま放置しておけば、その特性は急速に衰えてしまう。だからある一定の時間が経過すれば、自然に放電するよう設計されており、そして今まさに、コンデンサは放電を始めていて、威嚇程度には利用可能な状態にあるとセインは応えたのである。
 だからシモーネは直ぐに指示を出した。
「了解。航宙法に反しますが構いません! 直ちに主砲発射!
 予定通り、例の宙域に追い込みます!」
「アイ・サー!」
 航宙法には、所属が明らかになっていない艦船に対して、無警告での発砲を厳しく戒めている。如何に警察権限を有している時空管理局と言えども、その例外ではなかった。だからシモーネの指示は、明らかに法を犯す様、示唆しているものと受け取れ、問題発言以外の何ものでもなかったのだ。
 しかしである。
 相手の艦は、時空間閉鎖されたこのランスベルクに対して、無許可でタッチダウンしてきたのである。これは明らかに違法行為で、彼女はそれを逆手にとることにしたのだ。
 更には、通常、時空間航行を可能とする艦は、ほぼ例外なくトランスポンダを積んでいる。これは、目的とする時空間に到着すると、直ちに周囲に向けて所属する文明圏、及び所属する組織や、来航の主な目的などを明らかにする装置であり、これを搭載することもまた、航宙法に明記されているのだ。
 対して件の不審艦は、このトランスポンダから必要な情報の開示を全く行っていなかったのだ。つまりは違法行為だ。そしてそれら違法行為を取り締まる、時空管理局の艦が発した開示要求(警戒レーダーにそうした艦が現れた場合、機械が自動で行わう)すら無視する断固とした拒絶行動は、明らかな犯罪行為として受け取れたのだ。
 となれば、管理局に所属する艦であるところのニルヴァーナとしては、これを厳しく取り締まらなければならず、要はするに、主砲を撃っても良い大義名分を手にした事を意味する。だからシモーネの指示は、なんら違法性を伴わないのだ。

 果たして、シモーネの指示にしたがって、主砲が二隻の所属不明艦に向けて撃ち放たれた。しかし電磁収束され撃ち放たれた電光は、所属不明艦の直上を掠めて霧散していった。威嚇射撃なのだから当然である。
 そして当然の結果として、落とされた釣り針に驚いて、パッと逃げ散る川魚のように、タッチダウンしたばかりの二隻の船は位置を動かすことになる。しかし二隻は、寄り添うように航行している関係上、その転身方向を自ずと狭めてしまうのだ(不用意に転身すれば接触事故へと発展してしまう)。そしてこの場合、主砲の弾道に対して垂直下方向だ。
 そしてそれこそが、シモーネの狙いだった。
 回避行動をとったその先には、魚礁のように配置した、ニルヴァーナがパージした左舷の残骸が漂流していたのである。
 見た目、止まって見えてはいるものの、不審艦とニルヴァーナの残骸は、その実、秒速八km相当の速度で動いている。そんな勢いでお互いがぶつかろうものなら被害は甚大だ。そうならないよう、不審艦は動きを止めるだろう。その直上を押さえることができれば、ニルヴァーナは戦わずして勝利を収めることができるはず。
 もちろんそれは絵に描いた餅で、シモーネはそう旨く事が運ぶとは露とも思っていない。
 どう動きますか?
 先手を打ったこちらの策に呼応して、相手がどう返しの策を打ってくるか? シモーネはチェスの盤面を見つめるような思いで、相手の出方を伺うのだった。
 しかし事態は、思いもしない方向へと推移し始めた。
 完全にタッチダウンした不審艦二隻はしかし、まるで厳しく調教されたサーカスの馬よろしく、何事もなかったかのようにお互いの距離を保ったままゆっくりと進み出てきたのである。
 それを垣間見たセインは、身を乗り出すようにして唸ってみせたモノだ。
「鉄で出来た心臓でも持ってるのか、あの艦の操舵手連中は!」
 タッチダウン直後というものは、一番操舵手が緊張を強いられる瞬間でもある。時空間航行を終え、現実空間に復帰した際、出会い頭に障害物との衝突が考えられたからだ。その証拠に、時空間航行を可能とする船が起こす船舶事故の中で、このタッチダウン時によるモノが、年間で常に上位をキープし続けているとなれば、納得できるだろう。
 だが戦艦の操舵手ともなれば、また別の問題を抱え込むことになる。何しろタッチダウンの最中は、艦が一番無防備になる瞬間でもあるからだ。その一瞬を突かれ、攻撃を受けるようなことがあれば、例えどんな百戦錬磨の指揮官が乗り込んでいた艦であっても、容易く撃ち落とすことが出来たのだから。
 だから威嚇とはいえ、目と鼻の先に艦砲射撃をうけた不審艦が、少しも身動ぎもしなかったことに、セインが感歎の声をあげるのは、無理からぬ事だったのである。
 そしてたったそれだけの出来事から、相手の練度、習熟度が如何ほどのモノか推し量れなければ、『百戦錬磨の女神様』だなんて渾名されることもないのである。
 なんてこと! 彼らは戦場を渡り歩いてる傭兵並みに、場慣れしてるじゃないですか!
 シモーネはその事実に戦慄せずにはいられなかった。
 虐殺部隊(Slaughter Force)相手に、おいそれと太刀打ちなんか出来る分けがない。即時撤退すべきだという思考が、頭の中で過半を占めていく。如何にこちらの士気が高くとも、虐殺することを前提としている連中との戦闘で、五体満足でいられるはずがない。
 アルカンシェルが使えれば話は別なんですが・・・。
 そんな考えがよぎったのはその時だった。
 空間反応消滅破砕砲であるそれを載せている同型艦は確かに存在する。しかしニルヴァーナにそれは配備されていなかった。少なくとも三名以上の提督位を持つ者の同意を得なければ配備される事を許されない、AAA級の特殊艤装なのである。
 そのアルカンシェルがあれば、核による抑止力同様、向こうの動きに制限を加えることが出来たのかもしれない。しかし今この場に無いものを思い描いたところで、どうなるわけでもない。
 シモーネは少しばかり悔しい思いを胸に、小さく苦い顔をしてみせた。その矢先である。
 不審艦に、動きが認められたのである。
「艦長! 二隻とも、暗礁宙域を思考してい・・あ、敵艦、発砲!」
 防空を任されているシンシアが、不適当にも『敵艦』と発言した事には目をつむりつつ、シモーネは目を見張ってみせた。
 発砲? こちらではなく、暗礁宙域に?
 ニルヴァーナの残骸を漂わせている地点は、仮の呼称として『暗礁宙域』と呼んでいる。その宙域目掛け、連中は艦砲射撃を行っているという。その不可解な行動に、シモーネは戸惑いを隠せなかった。
「シンシア。連中の動きに注視して! 不意打ちには特に!」
「了解です!」
「クリス! 連中が何を躍起になって、暗礁宙域に撃ち込んでいるのか、モニターできる?」
「や、やってますが・・残骸を掃討しているようにしか・・・」
「・・掃討・・ですか・・・?」
「は、はい」
「・・シンシア。レーダーの画像を出してくれ。広範囲で頼む」
「何? 何か分かったの?」
 セインの要求に従って、シンシアが画像を大写しにした。
「・・やっぱりだ! 連中、暗礁宙域にある残骸を掃討してるんじゃない。弾き飛ばしてるんだ」
 暫し、その画像を見ていたセインは、やがて得心顔になってそう言いはなった。
「弾き飛ばしている・・・?
 なるほど! ・・でもなぜ・・・?」
 セインの言葉を受けて、シモーネは直ぐさま理解してみせた。だがそれもつかの間、別の問題に直面したらしい。
「セイン! どういう事なの?」
 理解できないでいるシンシアが、説明を要求してきた。
「つまり、連中がやってる砲撃は、残骸を消し飛ばしてるんじゃない。どういった意図があるのか分からないが、信管を抜いた実包で、残骸を動かしてるんだ」
 セインのその言葉を受けて、シンシアがレーダーを見つめ直す。すると彼の言わんとするところがよく分かる。暗礁宙域にて漂っている残骸が、ゆっくりと、だが確実に、その体積を減じることなくあらぬ方向へと動き出していたからだ。
「そうか! シンシア! 重力波観測計に注目! 直ぐに地震がきますよ!」
 不意にシモーネが、全てを理解したかの如く、シンシアに向き直って指示を飛ばしてみせた。そしてそれを聞いたセインも、あることが気がついたらしく、大慌てで振り返るなり舵輪を握りしめたのだ。
 何? どう言うこと?
 二人の急激な態度の変化にシンシアが戸惑っていると、それは出し抜けに現れた。

 CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!!
 シンシアが担当するコンソールに、注意を喚起する赤い文字が表示された。
 CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!!

 その警報にギョッとした表情でシンシアがコンソールに向き直ると、シモーネが言ったとおり、重力波観測計が振り切らんばかりの勢いで反応を示しているのがわかる。
 そしてその重力波反応を示している地点を確認するば、ようやく彼女にも事の次第が理解できるようになったのだ。
「重力震確認! 何者かがタッチダウンしてきます! 規模はマグニチュード三・七! L級巡航艦相当! その数、壱!」
「本命が来たようですね・・・ッ」
 シモーネが、その口元に不敵な笑みを浮かべながら、吐露するように呟いた。
 先にも記したように、操舵手が一番怖れるのは、艦が一番無防備になる瞬間であるタッチダウン直後に攻撃を受けることだ。ではそれを裂けるためにはどうすればいいか? 答えは簡単だ。無人艦なり、先行する味方艦なりを囮にすればいい。
 つまり、先の二隻の不審艦は露払いだったのだ。そして本命である正体不明のこの艦が、タッチダウン出来る安全な宙域を確保するために艦砲射撃を行って、漂流物の排除を行う一方、ニルヴァーナに対して牽制をかけたというわけなのである。
 出し抜かれてましたか・・・。
 まんまと不審艦二隻による示威行動に乗せられ、悠々とやってきたこの艦のタッチダウンを目の当たりにされては、シモーネが渋い表情を浮かべるのも当然だった。
 そして更に、彼女の表情を曇らせる次報が、クリスによってもたらされた。
「ト、トランスポンダが船籍情報を、じゅし・・受信しました!
 ・・って、え? う、うそ? そん、そんな・・・」
 しかしクリスは突然絶句するなり言い淀んでしまうのだ。だからシモーネは、少し強い口調で誰何した。
「クリス。クリスティン・ホーク! 報告は?」
 報告は簡潔明瞭に!
 訓練校で、耳にタコが出きるぐらい言い聞かされたその文句を思い出したのか、クリスはやおら表情を固くして、やや固い雰囲気に身を包むシモーネにむけて、改めて報告した。
「し、失礼しました! 船籍コードAB-SF-1392IIa・・です。
 ふく、復唱します! AB-SF-1392IIa! 艦名ケルベロス!」
 強ばったクリスの声で、その船籍情報を聞いたニルヴァーナブリッジクルーは、我が耳を疑疑わずにはいられなかった。
 AB-SF-1392IIa。
 即ち、時空管理局主管艦隊所属(Administrative Bureau - Supervised Fleetes)九二型十三番艦の乙型を意味する略称だ。九二型はL級巡航艦を示すコードナンバーであり、続く乙型は電子戦に特化された電子兵装搭載型(甲型は標準仕様のため省略される)を示すモノ。にも関わらずアルカンシェルを装備している事を現す『a』ナンバーが付与されている(蛇足だが、ニルヴァーナの船籍コードはAB-SFWM-1292-SIDbである。SFWMは主管艦隊所属ミッドチルダ西部方面担当(Western part of Midchilda)。続くSIDbは特捜部分室(the Special Investigation Department branch office)の略で、はやてが乗艦にすることが多いため、いつの間にか付与されてしまったコードである。恐らくは、レティの手による陰謀に違いないとシモーネは勘ぐっている)。
 ニルヴァーナの後に建造された姉妹艦でありながら、その特務性と突出した攻撃性能を併せ持つこの艦は、なるほど『ケルベロス』の名が相応しい。しかし管理局中央に配置されている主管艦隊所属の、それも電子戦に特化した艦船に、アルカンシェルは過ぎた装備であることは否めない。まるで大艦巨砲主義に類する様な、単艦にてどんな任務にも対処できる万能型、オールラウンダーを目指して建造され、就航したのだろう。
 そんな鎮守府の奥の奥で、威風堂々と構えていて然るべき虎の子の高性能艦が、それも自分たちが所属する組織の艦が、まさか傭兵を満載した強襲揚陸艦を二隻も従えてやってきたのである。クルーが困惑し、戸惑うのも頷けるというものだ。
 そしてそんな想像の一歩上をいく展開に、シモーネもまた戸惑っていたのである。
 確かに時空間閉鎖されたこの世界に押し入ってくる悪漢どもが、はやてらの邪魔をしに来ることは予想の範疇だったものの、まさかその悪漢共を従えて、管理局の中央から艦がやってくるなんて、一体誰が予想できるというのか。
 しかしこれで、判然としたことがいくつかある。
 意志決定機関という組織は、管理局の枠を超える、超法規的な権限を有していること。
 そしてこの機関は、はやての存在を快く思っていないこと。
 ゼーレが、管理局の何処かの部署出身で、それを隠蔽する必要に駆られている。
 以上の三つだ。
 一番目は、今更驚くことでもない。そうした組織を立ち上げようという動きが、過去にもあったからだ。今回は、たまたまその機運が合致しただけの話なのだろう。だがこの機関は、一体何を期待して立ち上げられたのだろう? そしてこれに参加している組織や企業、あるいは団体は、どういった腹づもりで協力しているというのか? 興味は尽きなかったけれども、調べる術が今のシモーネには存在しなかった。仮に調べられたとしても、それが何になるというのか。管理局の枠すら飛び越えられる強権を持った組織なのだ。個人では蟷螂の斧同様、太刀打ちできるわけがなかった。
 二番目は、今更感がプンプンする。けれども、どうしたってはやての身の回りにはこの問題がついて回るのだ。だから仕方がないと諦めるしかなかったのだ。こればっかりは、はやて自身の手によって、長い時間を掛けて払拭していくしか策はないのだから。
 三番目は由々しき事態だった。局内の不祥事を未然に揉み消そうということである。この問題ばかりは、見逃すわけにはいかなかった。これを許してしまうと、犯人不在のまま、『ロストロギアを暴走させた』とする事象だけが残ることになるからだ。つまり『火がないのに煙だけが立った』ことになるわけで、当然火をおこした人間として、全く関係のない第三者が、犯人にでっち上げられるにことになる。そしてその罪をなすりつけられるのは、恐らく、いや十中八九、はやてにされてしまうだろう。理由なんかいくらでも後付けできるのだから・・・。
 そこまでを素早く読み取ったシモーネは、対策の一手を打たねばならなかった。
 だが相手は主管艦隊の精鋭中の精鋭だ。満身創痍に等しいニルヴァーナでは、荷が勝ちすぎる。これではロイヤルストレートフラッシュに対してツーペアで挑むようなモノだ。勝ち目が全くと言っていいほど存在しなかった。
 何か・・何か策はないのですか・・・! ・・はやてさん!
 目まぐるしく思考を錯綜させるも八方塞がりで、妙案は出てこなかった。シモーネは、己のの不甲斐なさに、握りしめた拳をワナワナと震わせることしかできなかった。

 その時である。
 Alert! Alert! Alert!
 突如として、艦内に警報が鳴り響いたのだ。
 Alert! Alert! Alert!

「何? 何事ですか?」
 シモーネは、ブリッジに存在する全てのモニターがアラート表示をしている事態に対し、クリスに問いかけた。
 しかしクリスから返ってきた答えは、シモーネを更に追い込む結果となったのだ。
「わ、分かりません! 突然、全ての操作を受け付けなくなったんです!」
 動転してるためか、珍しく滑りの良い彼女の言動を裏付ける報告がセインとシンシアからもあがってくる。
「艦長! こちらもです! 操縦系が全く応答を返しません! 操舵不能!」
「ダメです! 艦内設備の一切が、こちらからのコマンドをまったく受け付けません!
 ・・かろうじて電力、循環系のみ応答があります・・ってこれって、まさか・・・!」
 シンシアが色を失った声を上げる。その理由に気付いたのか、クリスがシンシアを目顔で見るなり、確認のためコンソールを猛烈な勢いで叩き始めてみせた。
 タタタタタタ・・タタン、タンッ!
 程なくクリスの指の動きが止まると、それを待ってシモーネは「クリス・・・?」と小さく呼びかけた。
「・・確認・・しました。本艦は、緊急統制モードにあります。
 高位権限、管理局主管艦隊艦隊司令専用のアカウントにより、最小限の電力、循環器系統を除く全てを、L級巡航艦十三番艦ケルベロスの管理下に移るよう、設定変更されています!」
「・・・ッ!」
 クリスの報告は、はやてがゼロの手によりウィルスを仕込まれた際、ヴォルケンリッター達の身の上に起きた出来事が、そっくりそのまま、ニルヴァーナに起こったというものだった。つまりシモーネは、ニルヴァーナに乗り組むクルー以外の戦力、全てを奪われたということでもある。
 そして最悪なことに、生殺与奪の権利すら、向こうに握られているという始末である。これではいつ何時、電力、循環器系統の権限すらも剥奪されるか分からなかった。仮に電力を止められれば循環器系統が停止。程なくクルーは酸欠で死亡する。また電力を止められなかったとしても、循環器系統にて毒ガスなりを生成されてしまえばお終いだ。
 正に彼女は今、身包み剥がされた様な状態にあったのだ。曰く、出しゃばることなく、そこで大人しくしていろといわんばかりの恫喝に等しかった。
 そしてこの一連の手口は、シモーネが犯罪組織の艦に対してとる戦法、十八番でもあったのだ。
 まさかこの様な形でやり返されるとは露とも思ってみなかったシモーネは、憤然とした苛立ちから、思わず舌打ちしてしまう。
 そしてそんな彼女を嘲笑うかのようなタイミングで、ニルヴァーナのブリッジに通信モニターが大写しに表示されたのだ。
「・・お初にお目にかかる。
 私はL級巡航艦十三番艦ケルベロス、艦長臨時代行ウィーゼル・バリカオン。
 貴官がL級巡航艦十二番艦ニルヴァーナ艦長シモーネ・アルペンハイムかな?」
 モニターに映し出されたのは、長身で引き締まった体躯の壮年の男だった。
 しかし艦長臨時代行を名乗ったその男は、管理局の黒のインナーこそ着てはいたものの、上着である青のジャケットには袖を通さず、肩に羽織るようにしていたのである。その振る舞いは明らかに部外者の人間のそれで、そんな部外者然とした人間が、シモーネを値踏みかのするような視線で睥睨していたのである。
 しかしシモーネは落ち着き払って、ウィーゼル・バリカオンと名乗った男に対応してみせた。
「私がそうです、ミスタ・バリカオン。
 ・・失礼ですが、貴方をなんとお呼びすれば?」
 凛とした態度で一歩前へ進み出た彼女の肝の太さに、僅かに相好を崩した壮年の男は「ああ、失敬」と前おくと、
「バリカオンで結構。なにせ『艦長臨時代行』ですからな。既にお分かりだと思うが、私は管理局の官位持ちではないのでね」
 そう言いはなったバリカオンは嘲りの冷笑を浮かべると、ゆっくりと背後に控えてあった艦長席に、深々とその身を沈めこんだ。
「少々腰を悪くしているのでね。失礼させて貰うよ。
 さて、今回我々がここに赴いた件だが・・・」
 艦長席に身を沈めこんだバリカオンは、やれやれと言わんばかりに一息ついてみせると、用向きをシモーネに伝えようと口火を切った。しかし、
「眼下の惑星ランスベルクで、現在作戦行動中の職員の即時撤退。並びにニルヴァーナの撤収・・ですね?」
「・・察しが良くて助かる。その通りだ。直ぐにでも行動に移っていただきたい」
 バリカオンが口にしようとしたことを、シモーネは機先を制して塞いでみせた。まるで、貴方の言葉なんか聞きたくもない! と言わんばかりのそのタイミングと態度に、モニターの中の男は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてみせた。しかしすぐに相好を崩して、ゆっくりと頷いてみせるのだ。
 しかしシモーネは、取り付く島もないと言わんばかりに、
「承伏しかねます。現在ランスベルクでは、八神准捜査官以下、何人もの人材が、今回の事件の収拾に向けて奔走しております。今ここで撤退を指示するのは、彼らの行動を阻害する以外の・・・」
「聞こえなかったのかね? 私は、即時撤退に移れと、命令したはずだ。
 復唱したまえ。シモーネ・アルペンハイム!」
 だがシモーネの抗弁など聞く耳持たないバリカオンは、彼女を睨みすえるなり、恫喝の一言を浴びせかけてきた。それは、ドスのある凄みを孕んだ声で、それだけで、ブリッジがシンと静まりかえるのだった。もし仮に、クリス一人にだけその蛮声を浴びせられたなら、彼女は蛇に睨まれたカエルのように硬直してしまったことだろう。
 しかしそれを受けたシモーネは、暖簾に腕押し。柳に風。馬耳東風とばかりに受け流したばかりか、逆に反骨の炎を灯してみせるのだ。
 管理局に属さない外様の傭兵崩れが、大きな顔をするんじゃない!
 柳の目を、鋭い槍のような菱のそれに代え、モニターに睨み返すシモーネは、アンベールやオレインに向けるそれとは明らかに別種の、そして比べものにならない憤怒のオーラを身に纏っていた。
 そんな彼女の、怒りも露わにした態度を見てとった傭兵崩れの老将は、恫喝の姿勢を崩さぬまま一笑に付すと、
「おもしろい。あくまで刃向かうというのかね?」
 どこか満足そうに揶揄してみせた。まるで、そうこなくてはとでも言いたげにだ。
 そしてそう言外に焚き付けてくるモニターの中の男に対し、剛腹にも、シモーネは嘲弄する様に鼻を鳴らしてみせれば、二人の視線が、モニター越しでも分かるぐらいに激しく火花を散らすこととなる。
 そうして展開されたモニター越しの睨み合いはしかし、
「・・いいだろう。その沈みかけのボロ船で、何が出来るかやってみると良い」
 バリカオンの手によって、一方的に打ち切られたのである。弱い犬ほどよく吠えると言わんばかりに、せせら笑いを伴った仕草でだ。
 だから後には、肩を怒らせたままのシモーネだけが取り残される形となり、そして憤懣やるかたないシモーネは、ブリッジの床を踵で強く踏みならしたのだった。

 ニルヴァーナとケルベロスを繋いでいた回線が打ち切られると、ブリッジにつかの間の静寂が訪れた。いつの間にか警告音も切られていたため、その静寂が余計耳に痛かった。
 そうした静寂の中、シモーネとバリカオンの舌戦を、ただ見守るしかなかったクルーは、未だピリピリとした緊張感を保ったままのシモーネに、なんと声を掛けたものかと逡巡したものだ。
 しかし実質、副艦長の立場にあるセインには、やるべきはいくらでもあった。
 緊急統制モード下に入った現状のニルヴァーナで、今何が出来て、何が出来ないのかという切り分けだ。だからセインは、クリスに現状把握の指示を出し、シンシアには手動で出来るものに何があるのか、資料の調査を言いつけた。そしてセインは、そんな彼女達のサポート役として、艦内各所とのやり取りを一手に引けるのだった。
 そんな彼らを尻目にシモーネは、反撃の糸口を模索すべく、黙考にふけり始めていた。
 そんな時である。
――・・まったく。あんたの肝っ玉の太さには、本当に恐れ入るよ。
 と、アンベールの思念通話が繋がったのである。
 もちろんシモーネは、それを着信拒否することも出来たのだが、そうしなかったのには分けがある。彼がわざわざ、思念通話で連絡を取ってきたからだ。それはつまり、人には聞かれては不味い内容。ということである。
――確かに。少々大人げなかったですね・・・。
 だからという訳でもないが、シモーネは少々しおらしいことを口にしてみせた。そうすれば、この男の口は少々滑りが良くなって、なかなかおもしろい話が聞けるかもしれないと考えたからだ。
 そしてバカな男は、ものの見事にその思惑に乗っかって、聞きもしないことをあれこれとしゃべり出したのである。
――まったくだよ。相手はあの『銀の猛禽』って渾名される凄腕の用兵屋だぜ。
――銀の猛禽! なるほど・・・。あの貫き通すような強い視線も、それで納得がいきますね。
――そうさ。猛禽を思わせる荒々しい気性と、老練で老獪な手腕を振るう銀髪の用兵屋。それが奴さ。
  そしてその配下の傭兵どもは、下手な軍隊なんかよりよっぽど腕が立つって、もっぱらの噂だ。
  そんな手飼いの連中引き連れたアブねー奴と向こうを張って、舌戦繰り広げられちゃぁ、気が気でねーのも分かるだろう?
――それはスミマセンでした。私としたことが・・・。
  でもおかしいですね。そんなやり手の用兵屋さんがなんでまた・・・。同じアルバイト先なんでしょう? そちらから調べることは出来ませんか?
――無茶言うない。こっちとあっちは別口だ。
――あら・・意志決定機関も、一枚岩ではないということですか・・・。
――・・のーこめんとだ。
――急に態度を改めないで下さいよ。そこまでしゃべったら、今少ししゃべっても代わらないじゃないですか。
――・・いやいやいや。そうは問屋が卸さないだろう。
――そうですか・・・。では今度、お食事にご招待するということで・・・。
  いかがです?
 しなを作ったような声色で囁きかけると、効果は抜群だったらしい。アンベールは暫し固まったように沈黙してみせた。恐らく物凄い勢いで、あれこれと葛藤しているに違いない。そしてたっぷり深呼吸三回ぐらいする時間を要して繋がった思念通話は、やや上擦っていた。
――考えとくわ・・・。
 しかし繋がったそれは、たった一言。そしてそれだけ伝えるなり、繋げてきた時と同様、唐突に途切れてしまったのだ。
 その一連の仕草があまりにも滑稽で、そして可笑しくもあったために、シモーネは思わず小さく吹きだしてしまった。しかしそれもほんの一時のことだった。今の会話の内容を吟味するために、表情を改めたからである。
 アンベールの話の全てを信じる分けではないが、モニターに映った男は、間違いなく銀の猛禽で間違いないだろう。あの男からは、戦場で指揮する者特有の緊張感がそこかしこに見て取れたからだ。
 そして彼のバックには、意志決定機関がある。
 管理局の裏の顔というモノが存在するとして、はたしてそれが、あの彼を指すことになるのかはまだ情報不足ではあるものの、局自体にきな臭いものを感じずにはいられないシモーネだった。
 そしてそうと認識した途端、アンベールが思念通話を繋げてきたもう一つの理由に気がついたのである。
 クルーの全てがこのことを知れば、それを秘匿したい局の一部の人間の意向により、全員が抹殺されることになる・・・!
 シモーネは、何か薄ら寒いものを感じずにはいられなかった。
 そしてその段になって始めて、アンベールが連絡を入れたことに合点がいったのである。
 だがこんな事でへこたれている場合ではない。早晩、ニルヴァーナのコントロールは全て剥奪され、クルー全員の生命の危機が訪れるのは確実だったからだ。
「なかなか困った状況に、発展しそうですね・・・」
 しかしシモーネは、まだまだ余裕のありそうな笑みを浮かべてみせたのだ。
 何故なら、浮き足だった艦長に、絶体絶命の状況に置かれた艦をどうにか出来る訳がないことを、彼女自身、よく理解していたのだから。
 その直後、ニルヴァーナの全ての電源が(非常灯を除いて)全て、落ちたのである。
「動力、重力制御、ライフライン、ネットワーク、全て・・ダウンしました・・・」
 そしてクリスの消え入りそうな声でもたらされた報告は、静まりかえったブリッジに、木魂するように響いて消えていったのだ。

   ◇

「やれやれ。なんと強引な・・・」
 呆れたような口調で、その様に評してみせるのは歳のいった声。
「やはり、あの子もまだまだということか・・・」
 そしてどこか飄々とした態度で、その様なことを口にした男は、銀色の魔杖をもつヌーラン・ヴォイド、その人であった。
 ヴォイドは、孫娘であるローランの読み通り、この時空間ランスベルクにやってきていた。しかし何のためにやって来たのか、その目的は杳としてしれない。
 そんな不審な行動の目立つ彼は、どういった術を使っているのか、ニルヴァーナが浮かぶラグランジュ・ポイント、つまり真空の宇宙空間に生身の姿で漂っていた。
「若い頃の君にそっくりじゃないか。それがどういった結果を招くのか斟酌しないで、行動に移すところなんか特に」
 そう自らの主を言い差して、ケタケタと笑ってみせるのは、彼の使い魔であるゼルンストだ。無重力空間で器用にも胡座を組んで漂うゼルンストは、ヴォイドの頭辺りでゆっくりと自転しており、その位置はヴォイドの目線よりずっと上。
 だからその主人を主人と思わない態度に、ヴォイドは視線だけで黙れと一睨みするのだった。
 そんな孫思いの主人に、やれやれというジェスチャーをしてみせたゼルンストはしかし、
「それで、どうするんだ?
 ヘカトンケイネスだなんて危なっかしい連中、相手にするのはいくら何でも相当に骨が折れるぞ?」
 でも本気になった俺の手に掛かれば、赤子の手を捻る程度の些末事だがな。
 獲物を見さだめた狼のような視線で、そのような意味合いのものを送ってくるゼルンストに対し、ヴォイドは飄々とした態度を崩さずにこう言うのだ。
「まあそれは、追々なんとかしよう。期待してるよ、ゼル。
 だがなぁ。あの仕掛けもまだあの子に見つかっていないみたいだから、労せず排除できる。わざわざお前の手を煩わせるまでもないよ。
 だから当面は、彼らの動向にのみ注目していればいい・・・」
 その物言いは、夢見がちな少年の夢を砕くような、現実にドップリと染まってしまった大人のそれで、しかし次の瞬間、自分の使い魔がまさかその様な性格だったのかと、改めて思い知ったのか、酷く生暖かい笑みでゼルンストを嘲笑するのだ。
 そんな返され方をされてしまっては、嘲笑された方としてはおもしろくない。ケッと舌打ちした使い魔は、視線を下の方、眼下へと動かした。
 そこには、地球と同じ大気構成をもつ、青く輝く惑星ランスベルクの姿がある。
 コバルトブルーに輝くその惑星は、多くの大気と豊富な海とに覆われ、大層美しい惑星だった。しかしそんな地球と瓜二つなこの惑星には、地球には存在しないものが存在していたのである。
 ロストロギア『セフィロト』が放つ、膨大なエネルギーの奔流が放つ燐光。その光柱だ。
 しかし光柱は、まるで大玉のスイカに突き刺した櫛のように、細く頼りないものに見えたのだ。だがよくよく注意を払って観察してみると、その光柱のまわりには台風の如く、雲が渦が巻き始めているのが認める事が出来た。つまり、如何に細く頼りなげな、櫛のように見える光柱であったとしても、その実、現地では暴風が吹き荒れる天変地異のような様相を呈しているに違いなかったのである。
 何も知らない第三者が、現地のその光景を見たならば、恐れ戦くのも当然だったろう。
 しかしそれを見やる二人は、平然とした様子で言葉を交わしあうのだ。
「連中・・上手くやると思うか?」
 ゼルンストが、気のない口調で問いかける。
「・・決まり切ったことを聞くな。だから我々がここにいる」
 だがヴォイドは、つまらないことを聞くなとでも言いたげに、ぞんざいに返してみせた。
 だからゼルンストは、「そりゃそうだ」と、適当でいい加減にとれる態度で相づちしてみせるのだ。

 二人の行動は、甚だ、全くもって不可解だった。
 はやてらの行動を逐次監視するようなことをしておきながら全く介入するでなし、かといって、ゼーレに荷担する訳でもない。だがローランが弄する奸計には、横槍を入れる気でいる。
 五十年もの長きに渡って、自らの使い魔を封印し、そして自ら魔導師であることを伏せ続けてきた老人は、Null and Void(存在すら存在しない)などというふざけた偽名を使って、秘密組織『ヒーリクス・コード』を立ち上げた。その権力は、時空管理局の中枢にまで浸透し、影響を及ぼし、事実上ミッドチルダを手中に収める権力を築き上げた。
 にもかかわらず、彼はそれらをあっさりと放棄し、ここにこうして、この動乱を迎えるランスベルクに、ただ一人の魔導師として、事の推移をただただ傍観すべく佇んでいる・・・。
 一体、彼が何を望み、彼らが何を為そうとしているのか。
 その行動理念は全くもって不可解で、腑に落ちることはなかった。
 そんなどこの誰ともしれない老人が、ふと何かに気付いたように、頭ごと視線を転じたのはそんな時だった。
「・・うん? なんだあの船は・・・?」
 それに酷く興味を示してみせたゼルンストは、
「なんだい、早速イレギュラーか?」
 しかし使い魔のその発言は、厄介事大歓迎とひどく心逸る色が滲んでいて、あまりにも不謹慎なものだった。だから老人は思わず軽く握った拳を脳天に叩き込むのだった。
 ヒドイなと毒づく使い魔を無視して老人が注意を向けたのは、あまりにも小さな反応で、ともすれば見落としてしまいそうになるほどのもの。それはタッチダウン時に発生する魔力素の青い反応光のものだった。
 ドップラー効果によって青方偏移する閃光を伴ってタッチダウンしてきたのは、全長二十m程度の小さなクルーザーだった。
 それは何の変哲もないクルーザーだった。しかしだからこそ、老人は気に留めたのである。だから老人は――自分たちのことは棚に上げて――、不審なクルーザーを怪訝な視線で見つめたのである。
「あの大きさは・・民生仕様のクルーザーの中でも、中の上のクラスだったな。
 確か、個人で時空間を行き来しようって触れ込みで、売りに出されたやつだ。
 だがそんなものをほしがるのは極一部の限られた富裕層だけで、すぐに暗礁に乗り上げたと聞いたが・・・」
 右手で顎の先をしごきながら呟く老人に、使い魔はケラケラと薄い笑いで、お追従してみせた。
「そりゃそうだ。誰だいそんなマーケティングした奴は。あまりに先鋭的で間抜けすぎる。対象がピンポイント過ぎてウケる訳がないじゃないか。
 ・・でも、なんでまたそんな富裕層がこんな僻地にくるんだ? いや、そもそも時空間閉鎖してる分けだから、タッチダウンそのものができる分けがない。
 ・・やっぱりイレギュラーじゃないのか?」
「・・そうかもしれんし、そうじゃないかもしれん。今のところは何とも言えないな・・・。
 ・・うん? トランスポンダを発信している?」
「そりゃまた、懇切丁寧って言うか大胆不敵って言うか・・・」
 ゼルンストの呆れたようなその呟きに、老人もまったくだと同意してみせた。
 そして手にするデバイスが、トランスポンダから発信された情報を解析したその内容を垣間見ると、
「ゼル、これはおもしろいことになりそうだよ」
 存在すら存在しないと名乗る如何わしい老人は、口元にイタズラ小僧がするような笑みを浮かべてみせたのである。



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