魔法少女リリカルなのはA's VerH −宵闇の小夜曲−



「「主はやて! まさかあれをお使いになっているのですか!」」
 異口同音にそう叫んだのは、シグナムとザフィーラである。
 今、はやてはランスベルクの第一象限と第五象限の二箇所に、『同時』に存在していた。
 魔法を使った幻術や虚像によるものではなく、実体を持つ二人のはやてが、同一時間軸上に、確かに存在していたのである。
 だが、何も難しい話ではない。それを可能にする魔法があったのだ。
 アウフガーベ・ドッペルト(Aufgabe Doppelte)。二重タスク化の魔法である。
 要はするに、自身の体を二つに分裂し、それぞれが独立して行動することを可能とする魔法なのだ。
 その昔、研究に勤しむ一人の魔導師が、自分が二人いれば研究の手間が省ける! という、どうしようもない理由のはてに生み出したとされる、誠にもって、どうでもいい魔法だった。
 それをこの局面で、はやては使ってきたのである。
 理由は至極簡単だ。
 悪戦苦闘しているシグナムとヴィータ、両方とも救援することである。
 だがしかし、片方づつ救援に向かっていたのでは、今さっきの様な窮地に追い込まれていた場合、どちらか一方を見捨てることになってしまう。
 だから、今こそ自身を二対に分かつこの魔法を使うしかない! 彼女はそう判断したのだ。
 しかしこの魔法は、重大な欠点を伴っていた。そしてそれがあるからこそ、シグナムとザフィーラの二人が、声を荒げたのである。
 まず第一に、魔力資質が半分になることと、その消費が激しすぎることが上げられる。
 体ばかりか、リンカーコアまで二等分になるのだ。出力が半分になるのに消費が倍では、燃費が悪くて当然だ。だがその程度の問題で、二人が目くじらを立てるはずがない。
 二人が神経質になるのには、次の一点に起因し、そして収束している。
 それは、魂までもが二等分される。ということだ。
 魂には記憶もついて回る。記憶はそれまでに体験、経験してきた出来事や知識などが含まれる。そしてそれは、分かれて行動している間にも、絶えず追加、追記され続け、刻一刻と変質していくのだ。
 では、それぞれの個体上で変質し続けていった魂と記憶は、元の一人に戻った時、果たしてどうなるのか? 答えは最悪の一言だ。
 分かれて変化し続けた魂は、それぞれ別々の存在と成りはて、最終的には、全く別の個体、存在へと変化することになるのだ。それは取りも直さず、元の姿を見失った、夜天の魔道書と同じ運命を辿ることと同義なのである。
 無論、一日や二日そこらで、劇的に魂が変化するようなことはないだろう。しかし、事件や事故はどこに転がっているかはわからない。まかり間違って、片方がベッドから動けないような重傷を負う様なことになれば、その時点で、元に戻ることは適わなくなるのだ。
 そうして死ぬまで分かれたままでいたという事例も、あるにはあったらしい。だが、老衰により、四十代で死亡したという記録が残されていた(ちなみに容姿は八十代だったらしい)のである。つまり寿命までもが半分になったということだ。
 仕事の能率は確かに上がるかもしれないが、寿命を削ってまですることか? と問われれば、首を傾げずにはいられない。
 だからこそ、『どうでもいい魔法』なのだ。
 だが、事、戦闘に利用するとなっては、話はまた別の意味を帯びてくる。
 片方が死亡するような事態になれば、もう片方もどうなるか分らない。ともすれば、片方の消滅のあおりを喰らって、両方とも死亡する可能性が皆無とは言い切れないのだ。よしんば、片方が生き残れたとしても、魔力資質は半分のまま。はやてほどの資質を秘めた人材が、その価値を半減させるような結果になれば、無用の烙印を押されると供に、嘱託の権利すら剥奪される事態に発展するかもしれない。
「楽隠居できるし、それもえーか」
 と、彼女達の主は笑いもしたが、果たしてそれが、幸せな人生となるのかと問われれば、眉をしかめるしかないだろう。むしろ、過去に闇の書に関わった人々から、謂れのない批難や攻撃を、ここぞとばかりに受ける可能性だって出てくるのだ。それは決して笑い事では済まされない問題だ。
 そんな危険を孕んだ魔法を、好き好んで利用することはない。
 こうして『アウフガーベ・ドッペルト』は、家族会議による採決で、満場一致の下、『禁断の魔法』として封印されたのである(その場で、「魔法研究などはもっとお歳を召されてからでも遅くはありません。溜まった報告書類などは、分化せずともシャマルに一任すればいいでしょう。いや、むしろフェレットもどきにくれてやった方が、感謝も得られ一挙両得と言うものです!」と、シグナムが断言したため、各方面で一悶着あったとかなんとか)。
 その禁断とされた魔法を、この状況ではやては使ってきたのである。
 シグナムとザフィーラに言わせてみれば、無謀としか言いようがなかった。
 しかしはやては、それをピシャリと否定する。
「十余時間もチマチマやっとっても、埒があかん!
 ガツンと一気にやっつけんといかんのとちゃうんか?」
 主として、上位からの物言いで言われれば、不承不承、承服するしかない。
「それにうちの大事な家族に、ここまでオイタするような連中には、三倍返しのお礼参りって相場がきまっとるんや!
 やないと主としての面目が立たん! 沽券にかかわる!」
 と、ひどく個人的なご意見と拳を握り締めてみせるはやてである。
――面目だの沽券だの、臑に傷ある方々の話みたいですよ?
 などと、思念通話によるシモーネの突込みが突然入れば、ヴォルケンリッターの面々は、一様に頷いて見せ、はやてをしてひるませた。
――・・ですが、ここまで長期の作戦行動もそろそろ限界です。結界維持のために配置している武装隊メンバーの中には、極度の疲労のため、動けなくなっている者も少なくありません。それに、シグナムさんも・・ね。
 そんなシモーネの気遣いの言葉に、何のこれしきと反論しようとしたシグナムだったが、はやてが機先を制し、それを許さない。
「シモーネ提督の言う通りや。シグナム。
 私は二人分働け言うたけど、そこまで無理せーとは言うとらん。体壊すような真似なんてもっての外や。
 ここは一気にケリをつけるためにも、私の言うこと聞いてもらうで!」
 しかし。と詰め寄るシグナムだったが、ヴィータがそれを遮った。
――負けを認めろよリーダー。あいつら相手にすんの、一人でいくら頑張ったってどーしようもねーって、骨身に染みてわかってるはずだぜ。確かにはやてを矢面に立たせるのは感心しねーけど、それしか手はないみてーだからな。
(・・我らの負けだ、シグナム。ここは主の言葉に従うほかあるまい)
 なおも食い下がろうと、何か言いかけたシグナムだったが、多勢に無勢と理解したのか、彼女は、渋々言葉飲み込んだ。
 そうして、はやての戦列への参加が認められたのである。
「よーし! そしたら、みんなの力貸してもらうで!
 こうするしか、手は無いんやからな!」
 はやてがそう呟いた矢先、ヴォルケンリッター三人は管理者権限により自由を拘束されたのである。
 それはまさに寝耳に水の出来事だった。
 当の三人は言うに及ばず、ニルヴァーナ艦内にて状況をモニターしていた全員が、面食らうこととなったのだ。
――はやてさん! 一体何を!
 シモーネが声を荒げたのも無理はない。
 しかし問われた側は、意識を集中しているためか、応答を返さないのだ。
 いったい彼女は、はやては何を考えてそのような行動をとったのか? その答えは、一つの奇跡となって姿を現した。
 二人に分かれたはやては、シグナム、ヴィータとユニゾンを果たしたのである。

 守護騎士システムを構成するプログラムと、ユニゾンデバイスである管制人格プログラムは、基本となるアーキテクチャからして、全く別物であると考えていい。それをまだ未完成である管制人格プログラムの変わりに、リインフォース内でエミュレートさせることで、擬似的とはいえ、完成された人格プログラムを得る。
 ザフィーラによるシグナム、ヴィータのバックアップ支援のプログラム仕様を見たはやては、それを参考に、このアイディアを思いついたのだ。
 勿論、アーキテクチャが根本から異なるプログラムを、無理矢理動かすからには、いろいろと不具合や誤動作が起こることは十分に考えられる問題だ。しかし、『アウフガーベ・ドッペルト』で半分の魔力量しか持たないはやては、戦場においては足手まといになる可能性が高い。ならばユニゾンすることで、二人の守護騎士が有する魔力資質を底上げし、より強力な魔法を行使出来るよう調整すれば、戦略的に優位に立てるはず!
 多少の不具合など、この場合、目を瞑る方向で。と、そんな無茶苦茶な彼女の考えは、これ以上はないという結果を生み出してみせたのだ。
 総魔力資質は、守護騎士たちの通常のそれよりも八割り増し。ギリギリSクラスに届こうかというほどにパワーアップが叶っている。また、リンカーコアが実質二つあるため、瞬間的にはSSクラスまで上げられるだろう。魔法スキルにしても同様だ。二つの人格が一つの体の中で、同時に並列して動いているのである。単純に考えても処理能力が倍に上がったと捉えることができる。
 まさに『一つ一つは小さな火だが、二つ合わせれば炎となる!』という名言、そのままの状態なのだ!
 そんな状況を、ヴィータなどは無邪気に歓声を上げたものだが、一方のシグナムは、正反対の反応を返してみせたのだ。
 それはもうブチブチと、額に青筋を浮かべていたのである。まかり間違えば、血管の一本や二本、簡単に破裂したかもしれない。
 主とのユニゾン。
 それはある意味、シグナムにとって願ったり叶ったりだった。ましてそれは、闇の書の管制人格であった『アレ』だけに許された行為だった。羨望の念がなかったと言えば嘘になる。そして今、自分が手にした力と能力は、筆舌に尽くし難いものがある。力に酔うなど以ての外だが、その高揚感には胸躍るものがある。すばらしい。
 だが! だがである!
 その主との融合体の主人格が、まさか自分にあるというのは、一体全体どうしたことだというのだ?
 そして何よりも許せなかったのは、主をベースとした容姿の変態である。
 これでは、融合事故による暴走体と同じではないか!
 幸い、はやての意識に異常は見られないため、急場しのぎで作られたエミュレータのバグであると判断できる。がしかし、
(どうしてあなたは、このような無茶なことばかりなさるのです!)
 シグナムは文字通りの烈火の如く、怒りの感情を自分の主にぶつけるのだった。
 そこは二人だけの意識が共有する思念空間だ。周りは乳白色だけの世界で、足元はモヤが漂い、まるで雲の絨毯のよう。そして二人は、一糸纏わぬ姿でその世界の只中を漂っていたのである。
 しかし、シグナムは羅漢のように憤怒の形相。かたやはやては、某お菓子メーカーのマスコットキャラクターのように、テヘッと笑みを浮かべている。
(や、あははは〜っ。まさか、こないなことになるとはなぁ。
 はやてちゃん失敗失敗)
 悪びれた風もなく、てへへ〜っとはやては小さく舌を出してみせた。が、それは火に油を注ぐ行為に等しく、
(おどけてもダメです! ふざけないでください!)
 マンガであれば、枠線をはみ出し、隣のコマにまで乗込みかねない勢いで、シグナムは怒鳴り散らすのだ。
(このことは、目の前の問題が終わってから、キッチリ反省してもらいます!
 いいですねっ?)
 果たしてその怒りのエネルギーは、月村邸のメイド、ノエルがファリンにしてみせたそれと(ベクトルは正反対ではあるが)同じくらいはあるとはやては推し量った。果たしてファリンがどのようなお仕置きをされたのか、今は知る術も無いが、出来れば自分は勘弁願いたい。
(やん。シグナム怖い〜)
 可愛くかわしてみようと思ったが無駄だった。
(イ・イ・デ・ス・ネッ!)
 キシャーと目を吊り上げ、怒髪天をついたシグナムの迫力に、はやてはミ〜ッと、頭を抱えて小さくなった。
「・・まったく・・これでは余計に負けられなくなったではないですか!」
 腰まで届こうかという紅のストレートの髪を、吹きすさぶ風に流せるに任せ、はやての二十歳相当の容姿をしたシグナムとの融合体――仮にユニゾンシグナム呼ぶことにする――は、ぼやく様な言葉を口にしてみせたのだ。
 体に異常は感じられない。呼吸と共に、体内を駆け巡る血液の流れは極めてスムーズで、それに平行して流れてまわる魔力に、一転の澱みもない。むしろそれまで感じられなかった、現実味とでも言い換えればいいのか、そのような感覚さえする。
 なにより、主であるはやてと共にあるという充足感が、気の高揚を煽る。
 負ける気がしない!
 シグナムは、確信を持ってそう己の心情を表現してみせた。
 そして彼女は、熱き心を冷徹な精神力で押さえ込みながら、ユニゾンシグナムの体を繰り始めた。手にする剣十字の杖を目の前に掲げ、そしてそれを無造作に横に振りぬいた。すると、杖はその姿を別のモノへと変え始めていったのである。
 全体の長さは半分以下に。剣十字の飾りが縦に割れると、その間から幅広で、長大な魔力刃がせり上がる。
 変形が完了した剣十字を見つめ、
「テスタロッサのザンバーフォームと言ったところか」
 一度、重さを確かめるように振り回したユニゾンシグナムは、それを正眼に構え、目の前の相手を睨みやった。
「・・待たせたな・・・」
 体は確かに血沸き肉踊る状態にある。しかし心は静かな、並一つ立たない湖面のように穏やかだった。
 負ける気がしない。
 彼女はもう一度、心の中で呟いた。

 ユニゾンシグナムが正眼で構える切っ先の先。
 いつも通りの紳士然とした佇まいのまま、ゼムゼロスは「それほどでも」といつもどおりの口調で返してみせた。
 しかし二対の両腕のうち一対だけを器用に動かし、
「いささか驚かせる展開ではありますが・・ね」
 とおどけてみせた。
「改めてご挨拶したほうがよろしいですかな? 八神はやて嬢?」
「無用だ。ゼーレのゼムゼロス。
 我が主は、絶えず我らの行動を見ておられたからな」
「左様で。それにしては少々、遅まきに過ぎるご登場ですなぁ」
 ゼムゼロスの皮肉とも取れる口調に、ユニゾンシグナムの目尻が釣り上がる。
「愚弄は許さんぞ、下郎!」
「何とでも言うがええわ。でも、いつまでその軽口が聞けるんか、楽しみやわ」
 一息に二つの口調で語る目の前の人物に、ゼムゼロスは意外そうな表情をして見せた。
 しかしそれも一瞬。
「フン! 息も絶え絶えだったプログラム風情が。主の力を借りねば何も出来ぬと悟ったか!」
「ぬかせ!」
 ゼムゼロスの挑発に、ユニゾンシグナムは躊躇なく乗った。いや、乗ってみせた。なにより彼女の主が、「いてこませぇ!」と発破をかけたからだ。
 身長に倍する長剣を扱うこと自体初めての経験だったが、魔力刃に質量はない。文字通り羽のように振るうことが出来る。併せて、はやてとの融合により、筋力強化も起っている。これまで以上に重い斬撃を、上下左右、縦横無尽に打ち込める。事実そうなった。
 ユニゾンシグナムの太刀筋は、まさに暴風のそれだった。一凪ぎ一凪ぎが、空を切り、風を起こし、地を割ったのだ。
 しかしそれでもゼムゼロスは、それをものの見事に受けきってみせた。小憎らしいことこの上ない。しかしその顔色からは、それまであった余裕が消え失せていたのだ。
 斬撃の重さも然ることながら、見切ることが出来ない太刀筋が現れ始めたからだ。
 確かにシグナムと切り結んだ時は、腕を伸ばしきったギリギリの範囲が、二人の間合いとなった。しかし今目の前にいるこの相手は、その更に半分の間合いから仕掛けてくるのだ。何より意表を突かれたのは、その一撃一撃に篭められてくる魔力量の多さだ。それまで(トライホーンを用いて)貪欲なまでに飲み込んできたそれとは、質も量も桁違い。ジャブの一発一発が、それまでの体重の載せたストレート変わらないほど威力と同じとなれば、レベルが違いすぎるどころの騒ぎではなくなってくる。
 そしてそれこそが、はやての狙いでもあった。

 試みにはやては恭也に問いただした。
「押してもダメ。引いてもダメ。手足を縛って捕らえてもダメ。
 そんな出鱈目な相手と対峙したら、恭也さんならどないします?」
「そんなことは決まっている」
 恭也は自信を湛えた確かな瞳で、はやてをまっすぐに見つめて応えてみせた。

「それでダメなら、倍以上の力で叩き伏せればええねん!」
 はやては吠えた。
 それを受けて、シグナムは叫んだ。
 そしてユニゾンシグナムは、それを実行してみせた。
 ゼムゼロスの腕の四本ある内の一本が、瞬間的に吸収し切れなかった魔力の衝撃波によって、吹き飛んだのである。
 なんと単純明快な応えであろうか。
 恭也が語ってみせた言葉は、ある意味、鼓舞することが目的のものだった。だが、考えてみれば確かにそうだ。
 何をやっても、こいつには叶わない。
 そう思わせることに成功すれば、相手は勝手に自分の限界をそこまでと捕らえ、立ち止まってしまう。能力の限界値を設定してしまうのだ。後は負の連鎖がついて周り、相手は自滅の一手を辿ることとなるだろう。
 そうなってしまっては、勝てるものも勝てなくなる。
 ならば自己暗示でも構わない。その壁をぶち壊し、前に進むきっかけを手にしなければ、何も始まらないのだ。

「それでもダメなら、尻尾巻いて逃げるしかないだろうな。潔く」
 冗談めかして恭也は付け加えたものだが、そんな蛇足めいた言葉は、シグナムに聞かせる必要などある訳ない。はやての胸の内に留めておけば十分だった。

 流石に戦いにくい!
 舌打ちしたゼムゼロスは、パニッシャーモードのトライホーンでは不向きと判断。足元にモーススケールを発動させ、煙幕の代わりとした。その間に飛び退いた彼は、トライホーンをコンバットモードに移行させる。そして間髪いれず、『ドライバー・レイジ』という螺旋を描いて突き進む砲撃魔法を撃ち放った。
 どうだ!
 煙幕が晴れぬうちに打ち込んだ砲撃だ。直撃はせずとも、多少なりとも手傷を与えているはず。そう踏んだゼムゼロスは、だが、次の瞬間には度肝を抜かれることとなった。
「・・飛燕・・・」
 ドライバー・レイジを防いでみせたのは、利き手ではないかざした左手一本のみ。いや、違う。その周りを、何枚もの魔力刃が浮かんでいたのだ。察するに、それがドライバー・レイジのエネルギーを弾いて止めたのだ。
 だがゼムゼロスは、それが盾として機能していたのは副次的に過ぎないと瞬時に理解してみせた。なぜなら、それは間違いなくシグナムが手にしていた剣と同じく、それがこの融合体の連結刃だと理解したからだ。
「絶刀!」
 宙に舞った連結刃は、ブーメランのように回転しながらゼムゼロスに襲い掛かった。その数、ざっと十二枚。
 それぞれの飛翔の軌跡は、野球のボールに例えれば、ストレート、ライジングボール、フォーク、スライダー、カーブ。そしてチェンジアップのように時間差で襲い掛かるもの。さらにそれらの大外から回り込むのもあれば、ドライバー・レイジと同じように螺旋を描いて飛ぶものもあった。
 それら魔力刃が、まさに怒涛の勢いで襲い掛かる!
――五体満足にはいかんな。
 ゼムゼロスはすぐにそう割り切った。
 そうだ。彼は魔法生物である。最終的には再生して、もう一度振出しからやり直すことが出来るのだ。だからこそ、その場その場で簡単に割り切り、諦めることが出来るのだ。そうする思考パターンが定着していたのである。
 しかし、その定着した思考パターンが災いに転じるとは夢にも思わない。
 彼は指一本分の分体を切り離すと、それにトライホーンを託してこの場から離脱させようとしたのだ。しかしユニゾンシグナムの狙いが、まさにそちらにあるとまでは考えていなかったのである。
 彼目掛けて飛来した魔力刃が、突然その軌道を変え、離脱を図るトライホーンへと殺到。
 ドドドドド!
 まるで地鳴りのような大音響と共に、トライホーンは大爆発の渦中に飲み込まれたのだ。
「なんということを!」
 それは初めて口にする、魔法生物の切羽詰った声だった。
 黒光りする目を見張ったゼムゼロスの目の前で、大ダメージを与えられたトライホーンは、ボロボロに吹き飛ばされ、コアパーツに大きな亀裂を二本、走らせたのである。



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