R e s e m b l a n c e






酒場特有の、淀んだ空気に満ちた空間。多種多様な言語が幾重にも重なり合った不協和音に負けじと管楽器がリズミカルな音楽を紡ぎ出し、グラスがぶつかりあう耳障りな騒音がそんな重奏にアクセントを加えている。

店の隅の目立たない位置でカウンターに寄りかかり、一人きりで佇む青年は空になりそうなグラスをもてあそびながらため息をついた。

借り物のフライトジャケットは少しサイズが大きい。ルークは襟に顎をうずめるように肩をすくめ、先刻サバックテーブルの様子を見に行ったきり帰ってこない男がいると思われる店の一角をちらりと見やった。

新しい基地の候補地を調査するという名目で年上の友人と共に見知らぬ惑星に降り立ったときは、不謹慎とは思いつつもわくわくしていた。

どう背伸びしたって届きっこない、経験豊富な男と同じ立場で知らない土地を見てまわれることが純粋に嬉しかった。

何度目かもうわからない小さなため息とともに紫煙で曇った店内のぼんやりとした灯りに照らされた蜜色の髪を揺らし、ルークはやたらと薄いアルコール飲料を飲みほした。

砂埃で汚れたブーツのつま先を木製のカウンターにぶつけてコツコツと音をたてると、忙しそうに立ち回っていた店員が顔を上げこちらを見た。決まりが悪くなり、青年はグラスを差し出して飲みたくも無いおかわりを注文する羽目になった。

ハンが戻ってくる様子は、まだない。

経験値の差がこんな単純な任務にまで影響するだなんて思ってもみなかった。惑星の治安や経済状態を調査するのに観光客を装って繁華街を見て歩くのは予想の範疇だったが、ごろつきの溜まり場ばかりを回ることになるとは考えていなかった。

水を得た魚のようにその場に溶け込むハンを見て愕然とした。忘れていたのだ──そもそも、住んでいた環境が天と地ほど違ったということを。

今はただ、早く情報を仕入れて臨時の基地に駐屯している艦隊の元に帰りたかった。

タトゥイーンにいた頃、アンカーヘッドにある小さなバーで、ビッグスやウィンディたちとふざけてはしゃいだ経験ならルークにもあった。子供じみたスリルを得る為に叔父に内緒でスピーダーを飛ばし、モス・アイズリーの裏通りまでこっそり遊びにいったりもした。

ただそれは、コレリア出身の操縦士に言わせれば文字通り子供のお遊びに過ぎず、情報収集の役に立つようなスキルを持ち合わせていることにはならない。

遠い昔のことのように思える記憶は、身体にまわりはじめた安いアルコールと交じり合って青年を感傷的な気分にさせた。

この惑星の通貨のすべすべした手触りのコインをポケットから取り出し、カウンターの向こうから差し出されたグラスと引き換えに数枚押しやって、ルークはカウンターに頬杖をついた。

砂漠の惑星で飲んでいたものと、どちらがより安っぽい味だっただろうかなどと考えながら、その夜3杯目の発泡酒の黄色い泡がふつふつと消えていくのをぼんやりと見つめていると、隣に割り込んできたエイリアンと肩がぶつかった。

謝ろうともしない相手に顔をしかめ、青年は仕方なくグラスを手に移動を始めた。ここにいてもできることがないなら、思う存分羽を伸ばしているのだろう年上の友人に断って宿に戻ろう、そう思った。

グラスの中身がこぼれないように、いくらか減らしてから持っていこうと口に含んだ酒は思いのほか冷たく喉を滑り落ちた。次いで胸の辺りを焼き付けたこの土地特有のスパイスらしき後味に、青年は思わず小さく咳き込んだ。

店員の気まぐれな匙加減か、かき混ぜが必要なサーバーのおかげで、涙まで滲ませる羽目になったルークのおぼろげな視界に、そこにいるはずの無い人物が映った。

落ち着いた足取りで店を横切っていく黒髪の男。どこか見覚えのある服──
否、それよりも、後ろ姿や身にまとう雰囲気があまりにも彼に似ていた。

その瞬間ルークを突き動かしたのは、冷静な思考とは程遠い衝動だった。
頭のどこかでわかってはいたのだ。その場に、この世に、いるはずがないことが。

目の前にいるのは、ビッグスではありえないと。


「待って!」


グラスを持った手にスパイスの効いたビールがぱしゃりとはねるのも構わず、ルークはその男を呼び止めた。

振り向いた顔は似ても似つかぬとまではいかないまでも、明確に違う人間のそれだった。同じような口髭をたたえていることが何故か腹立たしく思えて、当たり前の結果なのにがっかりした。苛立ちを覚えている自分に気づき、金髪の青年はその場で凍りついた。

「誰かを探しているのか?──私ではなかったようだが」

あからさまな落胆を示すルークをわけありと見たのか、黒髪の男は不躾な呼びとめ方をした青年を咎めもせず柔らかなトーンで問いかけてきた。

言葉に混じる耳慣れないアクセントを聞き取り、ルークは唇を噛んだ。

「すみません。その、友人に…似ていたんです」

もういない友人なのだとは言わなかった。言う必要もない。馬鹿なことをしたと自覚するやいなや、焼け付くような羞恥心を覚えた青年はうつむき顔を赤らめた。

情報収集など諦めて、早々に宿に帰ってしまえばよかったのだ。慣れないことはするもんじゃないぜ、と馬鹿にしたような笑みを浮かべる年上の操縦士の顔が思い浮かんで、いたたまれない気分になる。

「ありきたりな誘い文句を平気で使うような男には、とても見えないな」

意外だったよ、と笑みを含んだ声で思ってもみなかったことを言われ、ルークは顔を上げた。いたずらめいた眼差しを見つけ、青年はすまなそうに小さく笑みを返してみせた。

見知らぬスペーサーの声の低さは、かつてのビッグスと同じくらいかもしれない。年齢はおそらくハンと同じかそれ以上だが、なにより、彼を取り巻く柔らかなオーラのようなものが、年上の幼馴染に酷似している。

立ち話もなんだから、と促されるままに、ルークは少々ためらいながらも再びカウンターへと戻ってきた。すっかり飲む気を失くした発泡酒のグラスをカウンターに置き、おざなりに押しやる。カンティーナの雰囲気と少しの酒に侵略されかけた神経が、自分のしでかした失態を正当化しようとしていた。

青年が温くなったグラスの中身に口をつけるつもりが無いのを見てとった男が、店員に聞いたことのない酒を注文する。青年は微かな戸惑いを滲ませた青い瞳で、見知らぬ男の動作をじっと見つめた。

どうせハンも楽しんでいるのだから、自分だけが宿に戻ることはない。見知らぬ人と言葉を交わすのは情報収集のいい練習になるじゃないか──そう言いきってしまうにはアルコールがまだ足りない。

「見たところ君は、この辺りの人間じゃなさそうだ」

先ほどの発泡酒が入っていたものより小ぶりなグラスをすすめられると同時に、唐突に核心をつかれ、青年の背筋が微かに強張った。

焦る必要はないと自分に言い聞かせ、ルークが口を開こうとしたとき、聞き覚えのある低い声が隣から割って入った。

「ああ、この惑星には船の補給をするのに立ち寄っただけだからな」

作り笑いを浮かべた年上の友人は目を細め、待たせて悪かったな坊や、とことさら屈辱的な呼び名を強調して言った。

驚いて名を呼ぼうと口を開きかけると、余計なことは言うなとばかりにちらりと振り返ったヘイゼルグレーの瞳に強く睨まれた。抑えられた怒りを感じ取り、驚きと戸惑いを覚えたルークは友人の背後で首を傾げた。

黒髪の男に見えないよう青年の手からグラスを奪い取ったハンは、青年を自分の背後に隠すように片肘をカウンターに預けた。

「ちょうどサバックで一儲けできたところでね、そろそろ出発しようと思ってる」

友好的な声音や表情とは裏腹に、コレリア出身の密輸業者の目は笑っていなかった。

「…それは残念」

賢い選択をした通りすがりの男はそれ以上二人の身の上を追求することなく、ルークに笑みを向け、突如として現れた保護者と短い挨拶を交わすと自分のグラスを手に去っていった。

それを見送り青年の方へ向き直ったハンは、すでに微笑んでなどいなかった。

「何をしようとしてたんだ、キッド?」

言ってみやがれといわんばかりの高圧的な態度をとられ、ルークの反抗心に火がついた。

「あんたがカード遊びに夢中になってる間、あんまり退屈だったから、ちょっと知らない相手と喋ってただけだよ」
「カード遊びだと?お前が怪しいスペーサー相手に油を売って、ご丁寧に自己紹介なんぞしながら牢屋への片道切符を生産してる間、俺はせっせと情報収集してたんだぞ」

吐き捨てるように言われ、ルークは怒鳴り散らしたいのを堪えてぎゅっと眉根を寄せた。

「あの人は、怪しくなんてないよ。僕だってそれくらい自分で判断出来る」
「出身地を聞かれるだけで真っ青になってたガキが、大きな口をたたくな」

抑えられてはいるがきつい口調で詰られ、かっと青年の頬が朱に染まった。

「青くなってなんかない!大体、ハンばっかり楽しんでるときに、僕だって少しくらい楽しもうと思って何がいけないんだよ」
「お前のいう『楽しむ』ってのは、正体を明かして厄介ごとに巻き込まれるってことか?冗談じゃねぇ、俺のいないときにやってくれ」

あまりの言い草に、ぎりりと歯を噛み締めたルークは、どうしたら相手に打撃を与えることができるかと、脳裏にめまぐるしく浮かんでは消える罵詈雑言のリストを必死で手繰った。

「あんたなんかより、あの人の方がよっぽど信頼できそうだった!」

これならどうだ、とたたきつけた言葉に対し、返ってきた沈黙にルークは思わず身構えた。

「…なんだと?」

地を這うような低音で聞こえてきた唸り声に、不覚にもびくりと肩が震えた。あとずさりそうになる身体を奥歯を噛み締めることでなんとか抑え、青年はきっと顔を上げ暗い色に染まった瞳を睨み返した。

先に根を上げたのはハンの方だった。

やれやれと肩をすくめ、帰るぞ、と低く言い捨てた男が出口に向かって歩き出したのを見て、ルークはやっと肩の力を抜いた。カウンターに残されたグラスを横目で見やった青年は、ほんの一瞬躊躇した後、振りかえることもなく店を出ていく年上の友人を追った。

深夜とは思えないほど賑やかで明るい通りを大股で歩いていくハンに追いつこうと、やや早足になりながら、青年は攻撃的な気配の消えた男の後ろ姿に先刻から気になっていた問いをぶつけた。

「さっき、どうしてあの人が買ったお酒を飲ませてくれなかったんだよ」

不満げな言葉を口にすると同時に先を歩いていた男が急に立ち止まり、ルークは行く手を阻まれて黒いベストに包まれた広い背中に勢いよくぶつかった。

なんだよ!と抗議の声を上げた年下の砂漠育ちをふり返り、何ごとかを言いかけた男は、しかし次の瞬間口をつぐんで首を振ると、少しだけ歩調を緩めて歩きだした。


──これだから、危なっかしくて目が離せない。
銀河最速のおんぼろ船を操るベテラン操縦士がそんなことを考えていたかどうかは、さだかではない。





E n d .





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