夢 じ ゃ な い
ルークが倒れた。
ヤヴィン第四衛星に築かれた反乱軍基地の廊下を足早に過ぎるハン・ソロの思考は、今しがた聞いたばかりのニュースでいっぱいだった。冗談じゃない、と頭のどこかで冷静な自分が悪態をついている。何でこの俺があんなガキの為にこんなに取り乱さなきゃならない?
幸いなことに、夕食時の廊下には人気がなかった。もっとも、眉間に皺を寄せ身に纏う威圧感がいつもの数倍に増したソロに気安く声をかけられる者など殆どいなかったが。
苛々とルークがいる筈の部屋を探す。あの煩わしい2-1Bに見つかる前にもぐりこまなければ、一生不機嫌な顔ですごすことにもなりかねない。
「五月蝿いぞR2、私はちゃんとルーク様にご忠告さしあげたんだ」
聞きなれたその声にソロは頭をかかえた。あの金色の木偶の棒は医療ドロイドより性質が悪い。神経質そうな声に応えて甲高い電子音が上がる。宇宙船乗組用ドロイドは相棒の言葉に反論しているようだった。
ソロはいまだにこのドロイド達の会話を理解することができない──否、理解しようとしていなかった。ベーシックを喋る(時として喋りすぎる)C-3POの言葉ですらまともに聞く気になれないというのに、電子音のみで感情を表すR2-D2に至ってはお手上げだった。ルークがドロイド達と会話しているのを見るたび、彼は密かに心の中で舌を巻いていた。
「口のきき方に気をつけろ!ルーク様はレイア姫が心配なさらないようご報告さしあげろと言われたんだぞ。お前みたいに騒がしい奴が傍にいたのでは、治るものも治らない」
いつものように口論を繰り広げながら管制塔の方向に去っていく厄介者をやりすごすと、ソロは安堵のため息をついた。3POのあの様子からして、ルークの様態はさほど酷くはないのだろう。最初に声が聞こえてきた方向へ足を向け、落ち着いた足取りで歩き出す。騒がしいドロイドが入れるのなら、いまいましい医療ドロイドに自分が見舞うことを止める権利はないはずだ。
控えめなノックの音に、ルークは天井を見つめていた空色の瞳をドアへと向けた。
「3PO?まだ何か…」
開いたドアの向こうに立っていたのは、やっとのことで追い払った心配性のドロイドではな
った。
「ハン」
嬉しそうに起き上がり訪問者に笑いかけた顔が、相手の抑えられた憤りを感じ取り瞬時に曇った。ルークは無言でベッドに近づくソロを叱られる子供のような表情で見上げた。備え付けの椅子に腰を下ろそうともせず、ソロがくせのある金髪に手を伸ばす。
「起きてて大丈夫なのか、坊や?」
反射的に身体を強張らせたルークの予想を裏切り、降って来た声は優しかった。軽く髪を乱され問うような視線を向けると、心なしか穏やかな表情になったソロがこつんと額を合わせてきた。
「熱はないんだな」
確認するような物言いに、ほっと体の緊張が解けた。
「うん、ただちょっと疲れてただけ」
俺が聞いたのとは随分違うじゃねえか、と額をつけたまま呟くソロに皆おおげさなんだよ、とくすくす笑いながら応える。
「シミュレーションの最中に貧血を起こしたらしいな」
椅子を引き寄せやっと腰を下ろした男が、同じ高さになった目線を合わせてきた。
「ウェッジの奴は過労とかなんとか言ってたが、何をしたら大事な訓練の最中にぶっ倒れるほど疲労困憊できるんだ」
大事な、を強調してソロが言った。自分はこれっぽっちもそんなことを思っていないに違いない。明らかにルークの普段の言動を揶揄している。困惑の表情を浮かべいくつか言い訳を考えてみたが、自分はこの男に通用するような嘘を持ち合わせていない。しばしの沈黙の後、ルークは言いにくそうに切り出した。
「ライトセイバーの使い方を練習してた」
ライトセイバーという言葉に、ソロの眉がぴくりと動いた。この年上の友人相手にジェダイに関することを話すときは気をつけなくてはならない。機嫌が悪いコレリア人と口論するのには相当な精神力を伴う──ジェダイの修行よりよっぽど鍛えられてるよ、とルークは思う。そのおかげで救われている自分がいることにも、何となく気づいてはいたが。
「それなら今までだってしてただろう。今更…」
そこまで言って言葉を切るとソロは待てよ、と再び眉間に皺を寄せた。
「お前、最近ファルコンに来てなかったな」
上目遣いに申し訳なさそうな笑みを浮かべるルークを見下ろし、男は予感的中とばかりに眼を細めた。
「その練習ってのは、いつやってたんだ」
ええと、と指折り数えながらルークが口を開いた。
「朝起きてすぐ、シミュレーションが始まるまでと、空き時間。それから、」
「要するにメシと訓練以外はずっとあのおもちゃを振り回してたってことか」
怒気をはらんだ声で遮られ、ルークは戸惑いを浮かべソロを見上げた。
「キッド、お前なァ…」
がたん、と音を立ててソロが椅子から立ち上がる。不穏な空気を感じ取ったルークが、口を開きかけたが無駄だった。
「ものには限度ってもんがあるだろうが!」
怒声にびくりと身を竦ませた青年を見とめ、ソロは興奮しすぎた自分に対してルークには聞き取れないコレリア特有の悪態をつくと、ぶっ倒れるまでやってどうするんだ阿呆、と言い訳じみた言葉を小さく付け足した。
「…噂のスカイウォーカー隊長ってのは思ったより大したことないんだな、って言われたんだ」
ルークがぽつりとこぼした言葉に背けていた顔を戻し、男は俯いて言葉を続けようとしない青年を促すように眉を上げてみせた。
「悪気がないのは分かったんだけど、ああやっぱり経験不足だっていうのは見えちゃうもんなんだなって思った」
苦笑して、ルークが顔を上げる。
「そう思ったら、何でもいいから今出来ることがないかって思っちゃって」
さすがにやりすぎだったけどね、と冗談めかして言うその肩を不意にソロが抱き寄せた。
「ハン…?」
着古してかすかに機械油の匂いがするシャツに顔をうずめる形になり、青年は抱き込まれた腕の中でソロの顔を見上げようと身じろいだ。
「意外なところで強いんだな、お前は」
見上げた瞳に映った表情は普段のどこか斜にかまえた笑みよりずっと真摯で、何故か体が熱くなった。無茶したのを誉めてるわけじゃないからな、と念を押すように口にしたソロが、腕の中で珍しく大人しい青年の髪を梳くように撫でる。心地良さに目を閉じ、力強い鼓動を求めてルークは自分から背中に回した腕に力をこめた。
「今日はずいぶんと素直だ」
言葉とともにソロが喉の奥で洩らした笑いが振動となって伝わり、顔をあげる。目を細め問う男の表情も声も、憤りを露にしていた先刻とは打って変わって優しい。額にかかった髪をはらう大きな手に、正体不明の羞恥に襲われ何事かを言いかけたルークの口をソロの唇が塞いだ。
くぐもった声をあげ肩を押し返す仕草を見せた青年は、すぐに抵抗をやめた。眠る熱を呼び覚まして離れていく温もりを惜しんで小さなため息をつき、卑怯な方法で言葉を封じた相手を上気した顔で睨んでみるものの、悪びれもせず笑みを浮かべる男につられてルークは思わず微笑んだ。しかし次の瞬間、真摯な眼差しから逃げるように俯いた青年の目が不安気に泳いだのを見逃すソロではなかった。
「どうした、坊や」
直に伝わってきた低い声になんでもない、と返しかけて一度口をつぐむとルークは囁きに近い声で話し出した。
「倒れてる間、夢を見てたんだ」
デス・スターの排熱構に向かっている夢。
ビッグスもいない。ウェッジも戦線を離脱してしまった。
「やっぱり、僕はTIEに追われてた」
「恐かったのか?」
少ない言葉でおおよその内容を察し、問い掛ける。ルークが悪夢について打ち明けるのは初めてではない。蜜色の髪が揺れ、強い光を放つ蒼い瞳がまっすぐソロを見上げた。
「恐くなんかなかったよ…あんたが、ハンが来てくれたから」
夢の中でもやっぱりハンは助けにきてくれるんだと、そう語るルークから揺るぎない信頼が伝わってくる。それはいつもソロを落ち着かない気分にさせたが、何故だか今この瞬間だけは、素直にそれを受け止める気分になっていた。
「ハンは?」
唐突な問いに、何がだ?と思わず聞き返すと、ルークは首を傾げ「あんたはあの時、恐いと思った?」と言葉を補って繰り返した。
応える代わりに、ソロは自分より幾分か華奢な肩に顔をうずめると何事かを呟いた。
ぱっと顔を輝かせたルークのこめかみに口づけを落とし、もう寝ろ、とそっけなく命令する。
「子守唄でも聴かせてくれるの?」
悪戯を思いついた子供のような瞳を覗き込んだままルークを寝かせると、ソロは口の端をつりあげてにっと笑った。
「なんでも歌ってやるよ、お前がジェダイごっこを控えるって約束するならな」