「 は じ ま り の 酒 場 」






宇宙港の街、モス・アイズリーのカンティーナは様々な種族で賑わっている。土色のローブに身を包む老人の後について金髪の青年が店内に入ると、途端に奥から苛立ちを多分に含んだ声がぶつけられた。

「何だって?」

薄暗い店内の奥を見ようと目を凝らして、ルーク・スカイウォーカーは聞き返した。

「客が迷惑する、ドロイドは入店禁止だ」

不機嫌な従業員の声を受け、青年はすまなそうな表情で後ろにいたドロイドたちに外で待っているよう告げた。連れの老人の後姿を目で追いながら、ルークは入り口から差込む光を頼りに慎重に階段を下りた。紫煙で曇った薄暗い空間に目が慣れてくると、カウンターの後ろに立つ店員たちと、周囲を取り巻く個性的な客たちが徐々にはっきりと目に入ってきた。

見たことも無いエイリアンに気を取られながらも、少しだけ落ち着かない気分で、ルークはカウンターに立った。こちらに背を向けているバーテンダーに手を伸ばし服を引っぱると、愛想の悪い太ったヒューマノイドの男がしかめつらで振り向いた。

「それを一杯」

男が客に出そうとしていた飲み物を指差し、適当に注文すると、程なくしていかにも安そうなアルコール飲料がカウンターに乗せられた。青年はぞんざいにこちらへ押しやられたグラスに口をつけながら、再度辺りを見回した。

不意に肩を引かれたかと思うと、青年は隣に立っていた赤黒い皮膚の異星人と向き合い、一方的に詰め寄られていた。聞き取れない言語でわめきたてられ、ルークは眉をひそめた。面倒を起こしたくなくて、相手が一通り文句らしきものを言い終わるのを待ってカウンターに向き直る。と、肩に再び誰かの手が触れた。居心地の悪さが増すのを感じながら振り向くと、別のエイリアンが醜悪な顔を近づけてきた。

「こいつはお前が気に入らないってよ」

例の赤黒い顔を指差しながら酒臭い息を吐き出す相手に、青年は戸惑ったような眼差しを向けた。

「気をつけるよ」

一体何に気をつけるというのかと自問しながらルークが顔を背けようとすると、先刻より乱暴に肩を引かれた。咄嗟に身構えた青年の予想に反し、その手は第三者の手によって肩の上から退けられていた。

「弱いもの苛めなら他をあたれよ」

頭上から降ってきた低い声に顔をあげると、長身のヒューマノイドが目に入った。白のシャツに黒いベスト、黒いスラックスにホルスターをつけているその男は、どうみても異星出身のスペーサーだった。整った横顔には笑みすら浮かんでいるように見えたが、エイリアンの手首を握る手には相当な力が込められているようだった。

痛みに顔をしかめたその酔っ払いが反論しようとすると、男の表情は一変した。それは眼差しを向けられていないルークですら肩を強張らせてしまったほどで、手首が自由になるとエイリアンたちはすごすごと退散していった。

「災難だったな」

黙ったままのルークを振り向き、男が喋りかけてきた。その顔は既に先刻と同じ、笑みともつかない人を小馬鹿にしたような曖昧な表情に戻っていて、青年の対抗意識が訳もなく頭をもたげた。

「あんまりきょろきょろしてると、ああいう手合いがいくらでも寄って来るぞ」

まるきり子供扱いされていることに気づき、小さな反抗心が瞬時に火を噴いた。

「誰も助けてくれなんて頼んでないじゃないか」

ぴしゃりとそう言って手にもったままだったグラスを一気に呷ると、予想以上に安っぽい味のアルコールが喉を焼き、青年は咳き込んだ。

「無理するなよキッド、こんなところに来るのは初めてなんだろう?」

揶揄を含んだ物言いと屈辱的な呼び名に激昂し、ルークは口元を拭いながら涙の滲んだ瞳で相手を睨み上げた。勿論そんな抵抗は全く意味を為さず、男は青年の態度を面白がるように口の端を曲げて笑みすら浮かべてみせた。

「安い酒はまずいだろう、向こうのテーブルでコレリアン・ブランデーでもどうだ?」

予期せぬ誘いに面食らい、ルークは押し黙ったまま警戒心も露わに相手を睨み続けた。

「それとも、ブランデーじゃ坊やには強すぎるか?」

挑戦的にそんな言葉を浴びせられ、頭の中で警鐘が鳴り響くのを聴きながらも、ルークは男の誘いに乗るような応えを返してしまっていた。





カウンターでボトルとグラスを二つ受け取った男に連れていかれたのは、酒場の端のボックス席だった。四角い小さな窓から差込む明かりと丸いテーブルの真中に置かれた手の平程の大きさの照明に照らされたその席は、年上の操縦士の定位置であるようだった。促されるままテーブルを囲む石造りのシートに滑りこむと、ルークはテーブルの反対側に置き去りにされている飲みかけのグラスに目をやった。

「そっちは俺の相棒の席だ」

言いながらテーブルに持ってきたグラスを並べ、ボトルの封を切った男は、青年の隣に腰を下ろして濃い琥珀色の液体をそれぞれの前に置かれた容器に注いだ。

「飲むのは初めてか?」

頷いて、ルークは目の前に差し出されたグラスを手に取り、ブランデーを慎重に口に含んだ。むっとするような濃厚な香りを立ち上らせるその酒は、予想に反してなめらかな感触と共に喉を滑り降りていった。

なんだ、大したことないじゃないか。そう言おうとして口を開いた瞬間、それは襲ってきた。食道に火がついたような凄まじい熱が身体の内部を焦がして息が止まった。言葉の代わりに出てきたのはひゅうと掠れた音だけで、ルークはどうにかグラスをテーブルに戻すと胸を抑えた。生理的な涙が滲んで、少しも引いていかない熱に青年は喘いだ。

「大丈夫か、キッド」

からかいまじりの言葉がかけられ背をさすられたが、それに怒りを感じる余裕すらなかった。必死で深呼吸を重ねると、やっとのことで正常な感覚が戻り始めて、ルークは咳き込んだ。

「な…んだよ、これ…っ」

飲めた物じゃないと言わんばかりにグラスを押しやる青年を見て、男はにやりと口の端をつり上げ、けほけほと咳を繰り返すルークを尻目に涼しい顔でグラスを傾けた。チュニックの袖で涙を拭い、金髪の青年は劇薬のような酒を考えられないペースで嚥下していく男を凝視した。

水が欲しくなり席を立とうとした青年は、そこで初めてテーブルの向こう側にまわらなければならないことに気がついた。隣に座っている男が素直に立ち上がって道を譲ってくれるとは思えない。まだ喉の奥が痺れるような熱をはらんでいるのを感じながら、ルークはさりげなく退路を確保しようと動き始めた。

「《こんなところにいたのか、ソロ》」

訛りの酷いハット語が聞こえ、青年はあっという間に男の腕に引き寄せられていた。逃げようとしていたのがばれてしまったのかと身を竦ませたルークの耳元で、男の低い声が動くなよ、と囁いた。様子がおかしいことに気づき、抱き込まれたままの青年はそろそろと目線を男の話し相手に向けた。

「《どこにもいないから、逃げたのかと思ったぜ》」

ブラスターの銃口をこちらに向けて、フライトスーツを着たローディアンが殺気を漲らせて立っていた。グロテスクな青い肌に覆われた顔には笑みらしき表情が浮かんでいる。

「逃げる?俺がか?冗談もたいがいにしろよ、グリード」

ソロという名らしい男はベーシックでそうせせら笑うと、ローディアンに見せつけるようにルークを更に近くへと抱き寄せ嘲笑を浮かべたまま耳元で囁いた。

「身体に風穴を開けられたくなかったら、大人しくしてるんだ」

彼にしか聞こえないように低く耳朶に吹き込まれた言葉の意味を理解して、男の腕から逃れようともがいていた青年はびくりと動きを止めた。ルークが抵抗しなくなったのを確かめて、男はグリードに向き直った。

「野暮な奴だな、この坊やと遊んだら話をしに行くとジャバに伝えておけよ」

性的な関係を示唆する虚言に、屈辱と羞恥がカッと顔に熱を上らせる。それは先刻摂取した純度の高いアルコールと混ざり合い、青年の体内でくらくらするような酩酊感を生み出した。

「《もう遅い。ジャバがお前の首にとてつもない額の賞金をかけたんだ。宇宙中の賞金稼ぎがお前を狙ってるぜ。最初に見つけた俺は運がいい》」
「金を返す当てなんざいくらでもある」

まるで現実感のないやりとりに眩暈がした。

「《お前はジャバに見捨てられたんだ、ソロ。帝国軍の船を見ただけで積荷を放り出すような小心者にはもう用がないのさ》」
「いいか、俺だってたまには取り調べくらい受ける。他に方法があったと思うのか?」

殺気を放ち、銃を構えたグリードが一歩一歩近づいてくる。青年の身体が緊張し強張っていくのに気づき、ソロは大丈夫だというようにルークのこめかみに口づけた。ぞくりと鳥肌の立つような感覚が背筋を這い降りて、青年は男から離れようと胸を押し返した。

その様子を見たグリードが耳障りな笑い声を上げた。

「《薄汚いペットボーイを買っている余裕があるなら、さっさと金を返せば良かったんだ》」

見も知らぬエイリアンに侮辱され、怒りで目蓋の裏がチカチカと明滅し、さっと血の気が引いていった。アルコールの効果を上回る憤りに突き動かされ、ルークは男が止める前に屈辱的な台詞を投げたローディアンにかたことのハット語で怒鳴り返していた。

「《ふざけるな!ペットボーイなんかじゃない!!》」

黙ったままだった青年の口からハット語が飛び出したことに驚いたグリードは、一瞬だが反応が遅れた。その隙をついて、空いた右手でブラスターに手を伸ばしていたソロがローディアンの手元を撃ち抜き、相手の武器を弾き飛ばした。

銃声と濁った悲鳴を聞いた周囲の客が一瞬さざめいたが、すぐに興味をなくしたようにそれぞれ自分の世界に戻っていった。

「戻ってジャバに伝えろ、俺を殺す気なら自分で出向いて来いとな」

銃口をグリードに向けたまま、先ほどルークに絡んできたエイリアンを追い払ったときのような低い声でソロは言った。その目つきの剣呑さに息を飲んたグリードは、負傷した利き手をかばいながら出口へと退散していった。

「大した度胸だが、落ちつきの無さはいただけないな」

グリードの姿が完全に消え、構えていた銃を元通りホルスターに納めると、男はその状況を面白がっているような声音で青年の行動を批評した。間近で声をかけられて初めて我に返ったルークは、目の前にあるソロの身体を思いきり突き飛ばした。

「離れろよ!」

この最低なスペーサーに加勢する結果になってしまったことが、どうしても気に入らなかった。操縦士を探すのはベンにまかせて、外で待っているドロイドたちのところで待っていよう。そう決心して、ルークは男を押しのけ、半ば無理矢理席を立った。

足早にその場を離れようとする青年の腕を男が掴んで引きとめる。

「おい坊や、まさか外に出るつもりじゃないだろうな」
「うるさい、放せ!あんたには関係ないだろう」

手を振り払おうとするルークの腕を更にきつく掴み、男は阿呆か、と険しい表情で言い聞かせた。

「今一人で外になんか出てみろ、グリードの仲間に蜂の巣にされちまうぞ」

まるで忠告をしてやっているとでも言わんばかりの態度に、ルークは眦を吊り上げて激昂した。

「誰の所為だと思ってるんだよ!!」

ふつふつと湧きあがる怒りをどうにかしてこの目の前の男にぶつけてやろうと、青年が更に相手を詰るために口を開いたとき、通路の真中で騒ぎ立てる彼らをたしなめるような咳払いが聞こえた。

「ルーク」

感情の読めない静かな声で名を呼ばれ、青年は腕を捕まれたままベン・ケノービを振りかえった。みすぼらしいローブに身を包む老人の隣には、長身のソロを遥かに凌ぐ巨大な毛の塊が佇んでいた。

「ウーキーだ…!」

今の今まで怒りにまかせて怒鳴り散らしていたことも忘れて、ルークはホログラムの中でしか見たことのなかった長身の生き物を見上げた。

「このチューバッカの船に乗せてもらうことになりそうだ」

すっかり目の前のウーキーに気を取られた青年に説明してやりながら、老人はルークの腕を放した男に視線を投げかけた。

「もう船長とは顔見知りになったようだな」

ルークはぱちくりと目を瞬いて、年老いたジェダイ騎士を見つめた。

「船長?」
「仕事か、チューイ?」

同時に投げかけられた問いの一つはケノービに、もう一つはチューバッカに向けられていた。傍らに立つ男とウーキーを見比べて状況を察した青年は、老人に向かって勢い込んで何事か言いかけたが、呆気なく手で制されてしまった。相棒が低く連続した唸り声で説明するのを聞くと、ソロは営業用の笑顔を二人の客に向けて言った。

「ミレニアム=ファルコンの船長、ハン・ソロだ。アルデラーンまでの足を探してるそうだな」





数分後、先刻と同じボックス席で、憮然として黙り込んだルークを隣に座らせ、ローブ姿のジェダイ騎士が男に依頼の内容を説明していた。

「乗せて欲しいのは私とこの少年、そしてドロイドが二体だ。速い船を捜しているんだが」

最後に付け足された挑戦的な響きを持つ一言に、ソロは眉を上げて不満げに鼻を鳴らした。

「速い船だと?ミレニアム=ファルコンを知らないのか?」

わざとらしく驚いてみせ、聞いてもいない自慢話を披露する男を胡乱な目つきで見据えながら、ルークは温くなってしまったコレリアン・ブランデーが入ったグラスを弄んで、時折チューバッカの方にちらちらと視線を投げかけていた。

「速いのなら問題はない。ただ、何も質問しないで貰いたい」

一通り華々しい経歴をぶちまけた操縦士に、ケノービが思わせぶりな台詞を投げかけた。

「何か問題が有るってわけだな?超過料金を払ってもらうぞ」

訝しげに眉を寄せ、ソロはそうだな、と考え込むとにやりと笑って途方も無い金額を指定した。

「前払いで一万だ」
「一万!?」

即座に反応したのは黙りこくっていたルークだった。

「そんなの、ふざけてるよ!もう少しで宇宙船が買えちゃうじゃないか!」
「船があったとして誰が操縦するんだ、お前か、キッド?」

その人を見下した物言いに、僕だって操縦くらい──と反論しかけた青年を、ジェダイ騎士が目で黙らせた。興奮して席から立ちあがっていた青年を再び座らせると、老人はソロをまっすぐ見つめてゆっくりと言った。

「前金で二千、目的地に着いたら一万五千クレジット払うことが出来る」
「一万七千か」

感嘆の声を洩らし黙り込んだ男は、程なくして頷いた。

「いいだろう、商談成立だ。そっちの準備が出来次第出発できる。ドッキングベイの94番だ」
「94番だな」

確認するように繰り返すと、ケノービは立ちあがった。その無駄の無い身のこなしを見たソロが、思い出したように口を開いた。

「俺があんた方の問題を増やしちまったかもしれない」

ジェダイ騎士が続きを促すように微かに頷くのを見て、ファルコン号の船長は少しも反省の色が見えない笑みを浮かべ、外に出たらその坊やの背後に気をつけろよ、とルークを指差して言った。わざとらしい男の揶揄にむっとした顔で立ちあがった青年は、ソロの顔を一度も見ずに背を向けて、ケノービと並んで歩き出した。

「キッド」

男が呼び止めると、振り向いた青年の顔は、まだ彼がこの契約について納得していないのだということを賢著に物語っていた。

ソロの何かを企んでいるような笑みを見取って、ルークは顔をしかめた。この男を選んだのがベンでなかったら、自分はこれ以上この頭にくる態度の男と関わり合いにならないように法外な値段で交わした契約を今すぐ破棄するだろう。大事な任務に赴くとはいえ、二人と二体のドロイドを運ぶだけの仕事に一万七千クレジットなんて!

「また後でな…今回の仕事は楽しくなりそうだ」

冗談なのか本気なのか、判断するのが困難な男の言葉を聞いて、ぴりぴりとした何かの予感が神経をくすぐるのを感じながら、ルークは何も言わずに再び男に背を向けた。

冒険はまだ、始まったばかり。






>> And the saga goes on....






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