B e g i n n i n g
C o r r o s i o n
ああ、まただ──マンションの前に停められたグライダーを見て、ルークは唇を引き結び、ゆったりとした黒いローブの袖の中で冷たい手を握り締めた。
何時から始まったのかはっきりとは覚えていないが、互いに忙しくなり会う時間が減ると、深夜に帰宅する彼をハンがこうして待っていることが時々あって、それはいつでもルークに複雑な感情を抱かせた。
嬉しくないわけではない、ただ以前とは違う距離にいる年上の男に対してどう接していいか時々わからなくなるのだ。
エントランスをくぐると、ロビーの奥の壁に凭れていたハンが笑みを浮かべ大股でこちらへと近付いて、慣れた仕草でルークを抱き寄せた。
男の肩越しに見えるロビーの片隅に陣取っているセキュリティドロイドはいつものように無表情だったが、無機質な身体を持つ彼らに対し常に尊大な態度を取る訪問者を警戒しているようにも見えた。
髪に差し込まれた指が心地良くて、大きな手が背中へと降りていくのを名残惜しく思いながら顔を上げると、ヘイゼルグレーの眼差しがこちらを見つめていた。
聞きなれた愛称で呼ばれて目を細めれば、応えるようにハンも口の端を吊り上げて笑みを返してきた。
「来るって知ってたら、もう少し急いで帰ってきたのに」
「今朝はたまたま時間がなかったんだ」
コルサントに首都が移ってからは二人とも常に何かしら任務を抱えていて、ハンが言うところの、『拷問部屋のような会議室』に縛り付けられているといっても過言ではない。
更に勢力を拡大しつつある新共和国にとって課題は山積みで、何時の間にか中心人物となってしまっているハンとルークに休む暇などなかった。
静かなラウンジを横切りエレベーターホールに向かうと、待ち構えていたように開いたドアが彼らを迎えた。
滑るように音も無く上りはじめた透明な箱から眠ることを知らない大都市の夜景を見渡して、思ったよりも元気そうだな、とハンが低く呟いた。
精悍な横顔を見上げルークが首を傾げると、男は外に目を向けたまま、昼間ちらりと見かけた彼の顔は相当無理をしているように見えたのだと言葉を続けた。
そんな顔をしていたかと今日一日の自分の行動を思い返していると、ハンは眉を上げ小さな子供を叱るように言った。
「大丈夫かと声をかけようかと思ったくらいだ。
…ちゃんと寝てるのか?」
「『疲れた』って僕の顔に書いてあったみたいな言い方だね」
停滞している会議の休憩時間に、一体いつまでこの状況が続くのかと辟易していたことを思い出し、ルークは苦笑した。
唐突な訪問の原因が判明して納得すると同時に、また先刻と同じ、嬉しさと戸惑いがないまぜになった感情が胸の中に渦巻いた。
何故だかその感覚は、数年前に新共和国を揺るがせた重大な『告白』を思い出させた。
肉親を失い、大きな秘密を背負ったままのルークが少しずつ追い詰められていることに気づいたのも、ハンが最初だった。
抜け殻のようにならずに済んだのは、この男が傍にいたからに他ならなかった。
眠れない夜、誰かが隣にいてくれることがどれ程心強いかということを嫌というほど思い知った。
望んでいたことにすら気づいていなかった関係へと二人が進んでいくのに、さして時間はかからなかった。
ハンが行動を起こしたのが最初だったのか、ルークが自分から手を伸ばしたのか──それすら定かではないある意味ではとても不確かな二人の関係は、恋人と言いきれるものではなく、かといって友情として片付けてしまうこともできない。
「一人で全部抱え込むなよ」
不覚にもハンのその言葉は、青年の心の防御を潜り抜けて弱点を的確に刺激した。
「平気だよ、あんたは心配しすぎだ」
本心を一言でも口にすればみっともなく弱音を吐いてしまいそうで、誤魔化すように笑うと声が震えていないことを願いつつそう言った。
まるでタイミングを計ったようにエレベーターが止まり、ドアが開いたが男は動かなかった。
見つめてくるその視線が痛くて足早にハンの傍らをすりぬけて廊下へと踏み出す。
無意識に、ローブの袖に隠れたままの右手首をさすっていた。
珍しく黙ったままのハンが素早く追いついて、青年の腕を掴み小さなパネルに手の平をかざして開いたドアに小柄な体躯を押し込んだ。
持て余す感情をぶつけるように部屋に入るなり口づけられて、ルークは反射的に男の胸を押し返した。
やけに煩く響く自身の鼓動と背中に当たる固い壁の感触だけがリアルで、唇を離し表情を伺う男に、短すぎる口づけしか与えてくれなかったことを責めるような懇願めいた眼差しを向けた。
友情でしかなかったものが別のものに姿を変えてしまったのは何時だったのだろうか。
欲深くなってしまった自分を心の中で嘲う。
らしくない青年の表情に眉をひそめ、ハンは再び年下のジェダイ騎士に口づけた。
理性がはがれおちていくような錯覚に、青年の身体が震えた。
「ルーク…俺にだけは、何も隠すなよ」
冷静なままの意識が頑なに頭の隅に居座り、年上の操縦士の睦言すら笑い飛ばす。
ローブがするりと床に落ちて、二人の足元に黒い波紋を描いた。
わかったよ、と応えたルークの瞳には哀しみだけが揺れていた。
E n d .
■メーリングリストで文頭がアルファベットで始まるficを書いていた方がいて、
あいうえお作文でもできるんじゃない?と思って書いたものでした。
各文の文頭が「あ」から「わ」まで、ずらっと並んでます。