2.




「ファルコンに来るのも、久しぶりだ」

助手席で誰にともなく呟かれたルークの言葉に、運転席の男は内心で大きく頷いた。反乱軍時代と比較すると、新共和国お抱えのジェダイ騎士は、ファルコン号に寄りつかなくなったと言う方が正しいほどだった。

コレリア製の貨物船がねぐらにしているのは、評議会の本部ビルに程近い高層マンションの屋上に位置する飛行場だった。一晩中途絶えないとはいえ、行き交う車の数もややまばらになった夜空の道をすいすいと通って、二人を乗せたグライダーは程なくしてファルコン号の傍らに停まった。

船下部のタラップは上がったままになっている。毛むくじゃらの副操縦士は、船長が出かける前に予告していたとおり、都会の夜を満喫しているようだった。

「チューバッカは?」

昇降口を下ろし、なんとなく無言のまま人気のない貨物船の廊下へと足を踏み入れると、ルークが遠慮がちに尋ねてきた。

「あいつなら、今夜は多分帰って来ない。どこかの酒場で羽を伸ばしてる筈だ」
「そう…」

久しぶりに会いたかったな、と呟く青年に、いつでも会いにくればいいだろう、とは何故か言えなかった。得体の知れない気まずさを誤魔化そうと、ラウンジの壁に収納してあるグラスを二つ取り出して、ハンはウェッジからの手土産を注ぐと、片方をルークに差し出した。

ありがとう、と小さく礼を言って受け取ったグラスの中で揺れるウィスキーの水面を見下ろし、黒を纏う青年は琥珀色の液体を一口含んだ。この手の純度の高い酒は嗜まないと思い込んでいた相手が、ゆっくりとではあるがグラスの内容量を減らしていくのを目にして、男は目を細めた。

ルークがアクセレーション・カウチに座ったのを見て、少し考えてコントロール・ステーションの前に備え付けられたシートに腰を下ろすと、ハンは蒸留酒の銘柄を覚えておこうとラベルに目を走らせてからボトルを床に置いた。

「ジェダイ・アカデミーとやらを作りたいとか、ランドに言ったらしいな」

何か会話を、と沈黙を破るために放たれた言葉は、男の意図を裏切り、まるで怒っているかのような声音で静かなラウンジの空気を震わせた。グラスを唇から放し、コトリと音を立ててチェステーブルの上に置いた青年は、ウィスキーの色を反射する透明な円状の縁を指先でなぞった。

「…ランドに口止めしておけばよかったな」
「俺に聞かれたらまずいような言い草だな」

独り言めいた溜息混じりのルークの言葉に、更に不機嫌そうな声が勝手に反応した。責めるつもりなどなかったと言い訳しても信じては貰えないような刺々しい己の声音に、ハンは思わず顔をしかめた。

「あんたは、『フォース』って口に出すだけで不機嫌そうな顔になるじゃないか」

今もそうだし、デックスの店でだってそうだった、と責めるでもなく淡々と指摘され、身に覚えがあるだけに反論しかねて、男は自分のグラスを満たすウィスキーを一息に流し込む。アルコールが生み出す熱の力を借りて、ハンは言い返した。

「お前がそう思ってるだけだろう。その話は聞きたくないなんて、俺は一度も言った覚えはないぞ」

我ながら無茶苦茶な理論だ── 自分自身に呆れつつも、口に出してしまった台詞を取り消すつもりはない。年上のスペーサーの厚顔さに耐えかねたように、ルークはむっとした顔をした。

「真剣に聞いてくれないとわかってる相手に、話しをする気になんかならないよ」

ぴしゃりと鼻先に叩きつけられた青年の言葉に対し、反射的に口走りそうになった台詞を反芻したとき、見ないようにしていた自分の中の憤りの正体をつきつけられ、ハンは開きかけた口を噤んだ。

『俺以外の誰かには、平気で話すのか』
── アンティリーズには。ランドには。レイアには。

これは、嫉妬だ。

頭のどこかではとうに気づいていたその事実に、今更衝撃を受けて、ハンは黙り込んだ。

「ハン?」

訝しげに問う相手には、この際長年かけて培ってきたプライドは捨てて、はっきり口にしなければとても通じそうになかった。

「それがお前にとって大事なことなら、真面目に聞くさ」
「…冗談のつもり?」

困惑が滲んだ声は、陥落が近いことを示しているようにも聞こえる。

「お前の話なら、フォースだろうが何だろうが、真剣に聞くと言ってるんだ、キッド」
「何が言いたいんだよ」

半ば自棄くそに吐き捨てたあからさまな答えを聞いても、相変わらず腑に落ちない表情でいる年下の青年を前に、ハンは軽い眩暈すら覚えた。

「我らが外交官殿は、余程察しが悪いと見える」
「…なんだって?」

感情を押し殺した声が奇妙に静まり返ったファルコン号のラウンジに落ちた。

「僕が鈍いって…?」

八つ当たりでしかない皮肉は、温厚なジェダイ騎士の逆鱗に触れたようだった。完全に目が据わっているルークは、ハンが止める間もなく、まだ半分以上も酒が入っているグラスを掴むと、勢いをつけてウィスキーを呷った。予想に反して咳き込みもせず、ほんの少し眉をしかめたルークは、空になったグラスをチェステーブルに叩きつけるように置いた。

「ハンにだけは言われたくないね」
「なんだと?これだけ言っても通じないから察しが悪いと言ったんだ、鈍いにも程があるだろう」

売り言葉に買い言葉で、煽られた火花は簡単に熱量を増した。ぶつけられた素の感情が快くさえあり、アルコールよりも強い即効性の熱が身体に満ちていく。

「鈍いのはどっちだよ!あんたなんか、気づこうともしなかったくせに」
「気づかなかったって、何を──」

何を言い出すのかと問い返そうとしたハンの身体は、勢い良く乗り掛かってきた青年が発揮した驚く程の馬鹿力で椅子の背に押しつけられた。次の瞬間、息苦しいほどに胸倉を掴み上げられ、すでに空だったグラスが床に転がる音が聞こえて、男は痛みに低く唸った。

「そんなに知りたいんなら、」

今まで見せたことのない熱っぽさを孕んだ青い瞳が目の前に迫り、噛みつくような口づけにしばし思考がフリーズした。

「ずっとこうしたいと思ってたなんて、あんたはこれっぽっちも知らなかった、だ、ろ…」

勢い込んでまくし立てていた青年は、何故か語尾を途切れさせた。それとは逆に、シャツの襟元を掴み上げられたままの年上の操縦士は、呆気に取られた表情から徐々に回復し、ゆっくりと不適な笑みを浮かべた。

「ああ、確かにそれは知らなかったな」

頬が緩むのを抑えられずに締まりのない表情を晒して、ハンは今や完全に凍りついたルークの顔に手を伸ばした。男の指先が頬を掠めた瞬間、金髪のジェダイ騎士は弾かれたように飛びのいた。

口元に手をあててふらふらと後ずさった青年の顔から血の気が引いていくのが目に見えてわかり、まさかアルコールの所為かと焦ったハンは腰を上げた。

「おい、キッド?」
「僕は、何を…」

蒼白になり、かたかたと震え出したルークには、どんな台詞も届きそうになかった。世界の終わりが来たかのような絶望的な表情を浮かべる青年を見て、そもそも複雑だった状況が難解さを増したことを知り、年上の操縦士はずきずきと痛み始めたこめかみに指をあてると、幸運にも割れてはいなかったグラスを拾い上げ、ちょっと待ってろ、と言い置いて一旦部屋を出た。


◆  ◆  ◆


寝室で未開封の飲料水を見つけラウンジに戻ると、金髪のジェダイ騎士は相変わらず死刑を宣告された囚人もかくやという表情を浮かべ、力なくチェステーブルに腰を降ろしていた。水のボトルを投げてやると、どうにかそれを受けとめた青年はのろのろとキャップを空けて、飲み口から直接、冷たくはない筈の中身を呷った。

「ケッセル送りになったドロイドだって、もう少し陽気な顔をしてるぜ、キッド」

ボトルの蓋を閉めて傍らに置き、目線だけをこちらに寄越したルークの双眸は底なしに無気力で。いつもの見えない鎧を張り巡らせたやり手の外交官の面影はそこにはなかった。

「死にそうな顔をするほどのことか?」

大仰な仕草で両手を広げ、冗談のつもりで言ってやれば、しばしの沈黙の後、ひどく掠れた声が、僕にとってはね、と答えた。

「言うつもりなんか、なかった、のに…」
「結果として口に出しちまったものは仕方ないだろう?」

また緩みそうになる顔を咳払いをすることで誤魔化して、男は金髪の青年の正面に立った。黒いチュニックの両肩に手をかけて陰鬱な表情を覗き込むと、青い瞳はふいと視線を逸らした。

「取り消せるものなら取り消したいよ。フォースであんたの記憶を消せるんなら…」

微かに震える声がどこまでも本気なのを感じ取り、物騒な目つきを向けてきた正真正銘のジェダイ騎士に、ハンはよせよ、と少々引きつった笑みを向け、その発言を冗談として片付けた。

「思ってることを伝えたら、どうなると思ってたんだ?」

お前は、これから俺がどうすると思ってる?とコレリア出身の元密輸業者は無気力な回答者の返事を促した。額に落ちてきた前髪を揺らし、ルークはあまり楽観的とはいえない笑みを浮かべた。

「あんたがこれからどうするかって?一晩限りのセックスと、それから、終わった後にシャワーを使うくらいは許してくれそうだね。泊まっていくのはルール違反だとか言われそうだけど」
「お前は俺をなんだと思ってるんだ…」

あまりな返答に内心で悪態をつくと、自分がそう言ったんじゃないか、と小さな反論がはね返ってきて、ハンは眉根を寄せた。

「俺が何を言ったって?」

しまった、という顔をした青年は、ため息をつくと、少々言い難そうに口を開いた。

「あんたが同じ相手とは寝ないっていうのは、有名な話だよ。いつだったか、僕が直接聞いたときも、そう言った」

ホスだったかな、と付け足されたルークの言葉に、いつの話だ、と記憶を手繰り、ファルコン号の船長はある意味とても不名誉だが、嘘と言いきってしまうこともできないその噂がどこまで広がっているのかとしばし悩んだ。

「それにしたって、もう少し考えようってもんがあるだろうが」
「最悪のケースを想定するのも戦略のうちだよ」

抑揚の無い声で、評議会での討論を思わせる台詞を投げつけられて、がくりと肩を落とした男はすぐに気を取り直して顔を上げた。目線の高さを合わせて青年と向き合うと、ハンは真剣な表情と口調を心がけて、三つ目の問いを口にした。

「お前の頭の中には最悪のケースしかないのか?」
「起こり得ないことを想定したって仕方ないからね」

精彩を欠いていた青年の声は、ようやく元に戻りつつあった。肩から手をはなしたハンは、すげない返答にもめげず、腕を組んで金髪の外交官を見下ろした。

「じゃあ、理想的なケースってのを考えてみろ」
「なんで、そんなこと…」
「どうしてもだ」

何もかもが面倒だと思っていることを隠そうともせず、ルークは再び今度は大きなため息をついた。どうにでもなれとばかりに、外部からの情報をすべてシャットアウトするかのように目を閉じて、青年はしばし間をおくと喋りはじめた。

「理想、ね…あんたは死んでもいいそうにないけど、愛してるとか、お前がいれば何もいらないとか、そういう歯が浮きそうな台詞は、一度くらいは言われてみたいかな」

ひどく投げやりで、自嘲気味な青年の調子に、ハンは思わず片方の眉を上げ、心外な前置きに対して反論しかけて、寸でのところでそれを飲み込んだ。

「あとは、そうだな…僕がそれどころじゃないときに3POの愚痴をきいてくれて──」

金色のプロトコルドロイドの独特の声音を思い出し、年上の操縦士は顔をしかめた。

「Xウィングのエンジンをアップグレードして、R2を説得して最新式のステーションでメンテナンスをしてくれるとか」

ちゃんとR2も納得の上でね、と付け足して、青年は目を閉じたまま小さく笑った。

「それから、僕の代わりに定例会議に出席して、モン・モスマの勧誘を断ってくれて、レイアが他の惑星のお偉方と食事したりするときはエスコート役を買って出てくれて、ときどき僕が仕事を抜け出してウェッジたちと一緒に飛行訓練に参加できるようにスケジュールを調整してくれて、たまにはローグ中隊員として危険地帯の偵察くらいには行けるように会議の数を減らしてくれて──

どんどん長くなっていくリストがあらぬ方向へと進んでいくのを聞いて、ファルコン号の船長はちょっと待て、と青年の言葉を遮った。

「それは『俺が』したくて出来ることじゃないだろう」

閉じていた目を開けて、ちらりと目線を上げハンの表情を盗み見たルークは、再び俯いた。

「理想のケースを想定しろって言ったのは、あんただろう」

問いかけというよりは、独り言めいたその台詞に、年上の操縦士はため息をついた。難攻不落なジェダイ騎士をどう攻略すればいいものかとハンが途方にくれたとき、俯いたままのルークが口を開いた。

「何も望んでないよ。別に、ずっとこのままでも構わないと思ってた」

冗談じゃない、と言いかけて続きがあることを察し、男は息をつめた。

「本当は…」

伏せられた睫毛が青年の頬に影を落として、妙に艶のあるその光景に、不覚にもどきりとする。

「本当は、ホスのエコー基地にいたときみたいに、開いてるバンクベッドはいつでも使いに来いって、嘘でもいいから言ってくれればって…」
「いつでも使いに来い」

不意をつかれ、え?と声を上げた青年が顔を上げ、無防備なほどに驚いた表情を見せた。

「嘘じゃない、開いてる寝台なら、いくらでも使えばいい」

大体、もう来るな、なんて言った覚えはないぞ、と言い足すと、ハンは表情を和らげ年下の青年の腕を引いて黒いチュニックを纏う一回り小柄な体躯を引き寄せた。戸惑いも露わに身体をぎこちなく強張らせ、訝しげな表情で見上げてくる青年の顔を真直ぐ見つめながら、コレリア出身の船長は深呼吸の後、いつになく真摯な態度で言葉を紡ぎだした。

「…俺はお前を愛してる、キッド。お前がいれば、ファルコン以外は、何もいらない。それから、インコム社製の小型戦闘機のエンジンを探すくらいなら、協力してやる」
「あんまり不用意に嘘をつくと、罰が当たるよ」

実のところかなりの度胸を要したハン・ソロの一世一代の告白を、再び視線を逸らした年若いジェダイ騎士はあっけなく否定した。

「キッド、」
「…いつまで?」
「何?」

どうすればいいのだと反論しかけた男を非情にも遮った的外れな問いかけに、ハンの声は裏返りそうになった。

「開いてるバンクの使用期限は、いつまで?」

殆ど囁きに近い声は、耳をすまさなければ聞こえない程小さかった。まじまじと見つめた先にあったルークの耳朶が赤く染まっていて、ようやくすべてに合点がいった。

「お前がそうしたいなら、一生使ってもいい」

出来得る限り甘い声で囁き、抱き寄せた身体からは、拒絶の意思は伝わってこない。安堵のため息をついて、力を込めて抱きしめると、青年が何ごとかを呟いて、長身のスペーサーは名残惜しげに抱擁を解いた。

「何か言ったか?」

まだ完全に青年の身体を放してやるつもりは毛頭なく、腕の中に閉じ込めたまま問いかけると、一度口をつぐんだルークは、躊躇いがちに年上の男を見上げた。

「あんたの、理想のケースは?」

にやりと口の端を吊り上げたハンは、迷うことなく答えを返した。

「それなら今、目の前にある」





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■松茸堂さまより、44444hitリクエスト「ウェッジまたはランドに嫉妬するハン」でした。
 リクエストありがとうございました!妙なタイトルですが管理人は大真面目でした。






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