レ ト
ロ
グ レ
イ
ド ・
エ
モ ー
シ
ョ ン
ヤヴィン第四衛星のマサッシ宮殿は、激しい戦闘を終えてつかの間の休息を取る自由の戦士達を労わるように、静かに彼らを見守っていた。
「大丈夫か?」
人ごみから少し離れた壁にもたれて、ちびちびとグラスの中身を空けていた金髪の青年は、気遣うように見下ろす黒い瞳を見返し、少し眠たげな目をぱちぱちとしばたかせた。慌ててグラスの中身を飲み干し、少し咳込みながらも、ルーク・スカイウォーカーはなんとか笑みを浮かべた。
「うん、ちょっと眠くなっただけだよ」
まだ少し心配そうに眉を寄せたまま、ウェッジ・アンティリーズはそうか、と頷いた。
帝国軍の恐るべき兵器を破壊することに成功した反乱軍は、敵の反撃を懸念してすぐにヤヴィンに築かれた基地から撤退することを検討していた。しかし兵士たちを労う意味でも、勝利を祝う彼らを今晩だけは見逃そうという上層部の計らいで、密かに設けられた蒸留機で作られた酒を持ちよったエンジニアやパイロットたちのささやかなパーティに対しては、目をつぶることになっていた。
待機室に集まり、決して上等とは言えない酒の入ったグラスを片手に談笑したり、カードゲームに熱中している仲間たちを見やり、ルークはほう、と大きな息を吐いた。空になったグラスを弄びながら上目遣いにウェッジを見上げて、青年はさりげなさを装い呟いた。
「でも流石に疲れた、かなぁ…」
どこか仮眠を取れそうなところはないかと尋ねると、先刻歳が近いことが判明したばかりの戦友はしばし考え込むと、ポケットからカードキーを取り出した。
「パーティの主役が逃げ出したら意味が無い…と言いたいところだが、今回のいちばんの功労者が少々お疲れなのはしょうがないしな」
わざと茶化すような口調でそう言うと、ウェッジは片目をつぶってみせた。
「格納庫と反対方向の廊下のいちばん端の部屋。特別に無料で貸し出しますよ、ボス」
どうせあいつらは朝まで呑むだろうから、と肩越しに談笑する仲間たちを指差して笑う黒髪のパイロットに礼を言うと、ルークはどこか弱々しい笑みを返した。
本当は、気分が悪くなる前からずっと一人になる機会をうかがっていた。胸をいっぱいにしていた誇らしい勝利と純粋な歓喜はいつしか波のように引いてしまって、整理のついていなかったぐちゃぐちゃの感情が今にも思考を満たしてしまいそうで、怖かった。
どうにか気づかれることなく人ごみから逃れ、人気のない廊下へと逃げ出すと、どこからか流れこんでくる新鮮な夜の外気にほっと安堵のため息が漏れた。兵士たちの居住区であるらしいその長い廊下にはずらりとドアが並んでいて、青年はそれぞれのドアについている番号とカードキーの番号を見比べながら、ゆっくりと進んでいった。
その部屋のドアがするりと開いた途端、ルークは懐かしい気配を感じた。
全身が痺れて動けないような、極度の緊張にも似た感覚に支配されて、青年は知らず知らずのうちに息を詰めていた。開けたドアから射し込む廊下の白い光が、薄暗い部屋の中のバンクベッドと小さなテーブルと二つの椅子、そして壁際の洋服掛けを照らしだしていた。
男の二人部屋にしてはそれほど散らかっていないその空間は、確かに覚えのある誰かの存在が溢れていた。ドアを開けたまま、ルークはそろそろと中に足を踏み入れた。
丸いテーブルにはサバックカードが散らばり、椅子の背にはどちらのものかわからない部屋着が無造作にかけられていた。ブーツのつま先にこつんと何かが当たり、床を見下ろしたルークはどちらかが落としたらしきコムリンクを見つけた。
小さな通信機器を拾い上げてテーブルに置き、洋服掛けに向き直った青年が目に映ったのは、見覚えのあるジャケットだった。
突然襲ってきた耳鳴りが冷たい音ですべての音を奪い去って、伸ばした手が震えていることに自分で驚きながら、ルークはそのジャケットを掴んで躊躇いがちに引いた。
手にしたそのジャケットは、タトゥイーンの埃の匂いをはらんでいるような気がした。熱い午後の風と、シュワシュワと心地良く喉を焼くアルコールと。あの日、あの場所で感じたすべての感覚が蘇り、押し寄せてくる感情の渦に巻きこまれて、青年は呼吸をすることすら忘れていた。
『俺は反乱軍を探しに行く。このまま帝国軍に入れられてたまるもんか』
ダークブラウンの瞳に宿っていた強い決意の光。幼い頃からずっと抱いてきた夢を唯一理解してくれた大切な友人は、自らの進む道を自分に伝えるために故郷に戻ってきたのだと言った。
『いなくなってしまうことを、誰かに知っていてほしいと思ったんだ』
無意識に後ずさっていた青年の腰にテーブルが当たって、何枚かのカードが床にばらばらと落ちた。急にどくどくと響き始めた鼓動がうるさかった。
『お前が反乱軍に入って来るのを、待ってるよ』
果たされるあてのないその約束は、少なくともあの時の二人にとっては、未来への願いがこめられた意味のあるものだった。大冒険の末にたどりついた反乱軍の基地で、約束通り奇跡のような確立で再会を果たしたときの友人の表情は、驚きよりも再び共に空を飛べることに対する純粋な喜びをあらわしていた。
「ビッグス…」
ようやく搾り出した声は酷く掠れていた。安っぽい鉄パイプで出来たバンクベッドの支柱に背をあずけて、ずるずると力なく床に座りこむと、ルークは込み上げてくる感情に抗うことなく、戦場で散っていった幼馴染を想い、涙を流した。
青年を探しに来たハン・ソロは、開け放されたドアからその部屋を覗きこんだ瞬間に後悔した。大体俺は何だってこんなガキの後を追いかけてこんなところまで来たんだ?その問に応えてくれる声は聞こえず、ソロは自分自身を罵りながら、涙に濡れた目を見張って体を強張らせている年下の青年を見つめていた。
どこからかかき集められた酒が底をついた頃、繰り返しかけられる賞賛の言葉と世辞に嫌気が差した男は、部屋を抜け出す機会を見計らっていた。同じ境遇にいる筈のタトゥイーン出身の青年はどうしているだろうかとふと辺りを見回すと、金髪のパイロットはどこにも見当たらず、ソロは先刻までルークと一緒にいた筈の黒髪の青年を呼びとめた。
「ルークなら、部屋で休んでる」
男が問いかけるより先に、ウェッジは探していた答えをあっさりと口にした。部屋番号を告げられて、礼を言う代わりに軽く手を挙げると、ソロは散会の雰囲気が漂い始めたささやかな宴会場を後にした。
そして今、彼は教えられた部屋の戸口で成す術もなく立ち尽くしていた。舌打ちしたい気分だったが、そんなことをすれば目線の先にいる青年を怯えさせてしまうことは明白で。自分が気を遣っているということにも気づかずに、ソロは青年に気取られないよう小さなため息をついた。
「座ってもいいか?」
青年の隣の床を指差し問いかけると、戸惑いを露わに瞳を揺らした後、ルークは小さく頷いた。薄暗い部屋に入り、ベッドにもたれて冷たい床に腰を下ろすと、ぎこちなく少しだけ横にずれた金髪の青年は、顔を背けながらくすんと鼻を鳴らしフライトジャケットの袖で目元を拭った。
かける言葉が見つからず、気まずい沈黙を持て余して、ソロは再び心の中で悪態をついた。
「ビッグスの、部屋だったんだ…ここ」
しんと静まり返った重い空気を破って、ルークがぽつりと掠れた声で呟いた。その名前を聞いて、ようやくソロは状況を理解した。記憶を手繰り、青年から聞いた幼馴染の話を思い出しながらルークの表情を伺うと、廊下から差込むぼんやりとした明かりの中で、無理矢理作られた笑顔がくしゃりと歪んで、俯いた頬にするりと一筋涙がつたうのが見えた。
「約束、したんだ。かえってきた、ら…話をする、って──」
時折小さくしゃくりあげながら、ルークは殆ど囁きに近い小さな声で言葉を紡いだ。目線を向けた先にふわりと揺れる金髪にそっと手を伸ばすと、震える肩がぎくりと強張った。華奢な体躯を引き寄せるように腕をまわし、宥めるように頭を撫でてやると、青年はそろそろとこちらへ体重をあずけてきた。
「昔みたい、に…一緒に、飛べるな…って。そう言って、出動、したんだ」
柔らかい髪に指を絡ませながら、ハンはあの時回線を伝わって聞こえたパイロットの切羽詰った声と、張り詰めたルークの声を思い出した。極度の緊張の中で、大切な親友と船の操縦を補助していたドロイドを相次いで失った青年の悲痛な叫びも。
「お前はよくやったよ」
泣いている青年を慰めるつもりで口にしたそれは、驚くべきことに紛れも無いソロの本音だった。しかし当の本人は男の肩に預けた頭を揺らして、小さく首を振った。ハンのおかげだよ、と呟いて顔を上げると、ルークは泣きはらして赤くなった目を年上の男の整った横顔に向けて、まだ少々痛々しい表情で精一杯微笑んで見せた。
「助けにきてくれて、ありがとう」
今すぐここから逃げ出したい自分と、隣にいる青年を抱きしめてやりたい自分と。ちぐはぐな感情を持て余しながらも、肩にかかる温かな重みを支える手に少しだけ力を込めて、ソロは目を閉じた。
不安定に揺れ動く感情の軌道を、自分で選ぶことをまだ少し迷っているかのように。
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