「 君 の 温 も り を 探 し て 」







何かの気配を感じて、青年は暗がりの中で起き上がった。

「…誰…?」

声に出して問い掛けると、気配はふっと闇に溶けて行った。

消えてしまった。
──…何が?

ツキン、と胸を突き上げた痛みに、何故か泣きそうになる。
同時に込み上げた生々しい記憶に囚われそうになり、ルークは床を抜け出し藍色の闇夜へと踏み出した。

明け方近いエンドアの空気は澄んでいて、気だるさをひきずっていた意識が覚醒していくのがわかった。湿った緑の匂いを吸い込んで、ルークは羽織ってきた迷彩色のポンチョをかき寄せた。寝起きの身体に夜明け前の空気は少し冷たすぎるようで、吐く息こそ白くはならなかったが、砂漠育ちのジェダイ騎士はきりりとした涼しさに心細ささえ感じていた。

樹上高く据え付けられた小屋から、縄梯子を伝い地面に降りる。深夜まで続いていた筈のお祭り騒ぎが嘘のように、イウォークの居住地は静まり返っていた。目を閉じると、頭上の村で眠る仲間の息遣いの他に、森に棲む生命の鼓動を感じた。もう一度深呼吸すると、ルークは行く当ても無いまま歩き出した。







寝返りを打った拍子に寝台から落ちそうになり、ハン・ソロは目を覚ました。イウォークたちが用意した寝台は明らかに一人用で、ゆったりとした作りにしたつもりだったのだろうが、二人で眠るには狭すぎたようだった。隣で寝息を立てるレイアを確認し、起こしてしまわなかったことにほっとしながら、男は毛布の下からそろそろと抜け出した。

小屋の外に出て大きく伸びをすると、けだるい眠気が明け方の透き通った空気に溶けていく。軽く寝違えた首をまわしながら、ソロは何気なく一つの小屋の前を通り過ぎた。そこはルークが寝ている筈の場所だったが、奇妙なほどに静まり返った小屋からは何の気配も感じられなかった。

「キッド…?」

部屋の主がいないことがわかっていながらも、小さな声で問いかけるが、覗いた部屋は思った通り空で、寝台は一度も使われたことがないようにきちんと毛布をかぶっていた。

ルークがいなくなるはずがなかった──それはわかりきっている。それでも、奇妙な「再会」を果たしたばかりのかつての生意気な少年は、知らないうちにすっかり落ち着き払った「大人」になってしまっていて。その上、黙って姿を消すのが初めてではないという事実が、不安をいたずらに増長させていた。
自分がドロップアウトしている間、世界は途方もなく姿を変えていた。ソロはそんな状況の変化をまだ全て受け入れることが出来ていない。こと、ルークに関しては。ホスで別れる前のルークの部屋は、こんな生活感のない部屋ではなかった。そんな些細なことに苛立ちを感じている自分に気づき、ソロは戸惑った。

くそっ…無断でふらふら出歩くなとでも言わなきゃ、あいつはわからないのか?

ぶつける対象のない憤りを持て余し、ソロは乱暴に手近な縄梯子を掴むと、森へと降りていった。







密集して生える木々が途切れた場所で、ルークはライトセイバーを構えていた。精神を落ち着かせたくて、試しに座り込んで目を閉じてはみたが、森に溢れる生命の放つフォースに圧倒され昂ぶった五感は瞑想どころではなく。その上、フォースを引き寄せた途端、涼しさで薄れていた心の中のわだかまりが染みのようにはっきりと浮かび上がってきて、身体を動かして気を紛らす以外、青年には選択肢が残されていなかった。

目を閉じて呼吸を整え、仮想の対戦相手の動きを読み、身をかわす。振り下ろす刃は相手を傷つけるためではなく、最小限の被害で戦いを終わらせるために。自身の鼓動と、取り巻く世界の呼吸を合わせ、青年は休めることなく身体を動かした。身に付けていた上着やポンチョはとうに倒れた老木の上に投げ出されている。

ブゥン…と低い振動を手に伝える古代の武器の刃は、若いジェダイ騎士を取り囲む木々の葉と同じエバーグリーンの光を放ち、青年の汗ばんだ額を照らす。

緑色の刃が空を切る度、静かな振動音が森の静寂を震わせる。周囲に沸き立つ雑音のようなフォースは、最早気にならなくなっていた。

続きをせがむ衝動を抑え、ルークはゆっくりと身体の動きを止めた。辺りはすっかり明るくなり、鳥らしき鳴き声があちこちから聞こえている。手の甲で額の汗を拭い、弾んだ息を整えながらライトセイバーをベルトにとめる。倒れた木に放り出したジャケットを拾い上げようと手を伸ばすと、そこには先客がいた。

黒い生地に顔を近づけ、物珍しそうに鼻をうごめかせているのは、猫のような姿をした小さな獣だった。

「やあ」

あどけない容姿や愛嬌のある動きに微笑んで、お前はどこから来たんだ?と声をかけると、小さな珍客は見知らぬ「人間」に初めて気づいたように、驚いた様子で甲高い鳴き声を上げ飛び退った。驚かせてしまったことを申し訳なく思いながら、足跡のついた上着に苦笑する。と、青年は後方から強い気配を感じ、振り返った。

今まで自分が立ち回りを演じていた場所に音もなく降り立ったのは、立ち上がれば青年を軽く追い越してしまいそうな獣だった。何故か、あの子供の母親だ、と瞬時に悟っていた。青年を睨みつける瞳は深い黄金色に輝き、まっすぐにこちらを向く鼻先から、時折揺れる長い尾の先まで、寸分の隙もなく敵の動きに全神経を傾けている。彼女が威嚇するように上げた唸り声に怖気づくこともなく、青年は声もなくそのしなやかな動物に見蕩れていた。

次の瞬間、突然背後に感じた殺気は自分に向けられたものではなかった。

「撃つな!」

ルークが振り向くのとほぼ同時に、澄みきった静寂に銃声が木霊した。狙いと寸分も違わず猛獣の頭部を貫いた火は、いとも簡単に彼女の生命を奪っていた。どさり、と地面に投げ出された屍はだらしなく舌を投げ出し、獲物を射抜くような鋭い瞳は光を失っていた。







撃つな、と。そう聞こえた。

自分の放った一撃が狙い通り猛獣を打ち抜いた手ごたえと共に、聞こえる筈のない言葉がやけに耳に残って消えない。

清廉とした森の中を当てもなく歩くうちに憤りも冷めていき、そろそろ引き返そうかと思っていた矢先だった。ルークの声を聞いたような気がして、立ち止まった。空耳かもしれない、そう思いなおした時、獣の唸り声が聞こえた。青年とその猫科の猛獣が対峙する姿を見て、銃を構えたのは条件反射だったが、一瞬たりともその行為を疑問に思ったりしていなかった。それなのに、ルークが口にしたのは静止を求める言葉で。

「どういう意味だ?」

感謝されてもいい立場にあるはずだった。きつい口調になっているのを隠そうともせず、ソロは不可解な言葉の意味を問いただした。

「…彼女はただ、子供を守ろうとしてただけだよ」

振り向いたルークの瞳に宿る影を見て、ソロは口にしかかった反論を飲み込んだ。

「子供…?」

目線を青年のそれに沿わせると、倒れて朽ちかけた木の影に、ちらりと毛皮らしきものが垣間見えた。二人ぶんの視線を感じ、母親を失ったその獣は怯えたように低く警戒音を発していた。今更ながらに後味の悪い気分が込み上げて顔をしかめると、ソロは改めて青年を見つめた。おさまりかけていた苛立ちが再びふつふつと身体の奥から湧き上がるのを感じ、歯噛みしたい気分だった。自分の知らないうちに、目の前に佇む青年に何が起きていたというのか。







木の陰に隠れるようにしてこちらを見上げてくる獣の瞳は、息絶えた母親のそれと同じ琥珀色だった。頼りなげな姿がどうしようもなく哀れに映り、ルークは息苦しささえ感じていた。

きっと独りでは、生きていけない。

胸をしめつける痛みで、塞がりかけた傷から再び血が流れ出すように、為す術もなく記憶の渦に飲み込まれる。何度も循環され乾いた空気と、焼け焦げたような臭気と。磨かれた床に映る自分と、その腕の中で息絶える男の姿。

『私を置いていけ…』

言い知れない喪失感と、漠然とした不安。じわじわと侵食する負の感情に押しつぶされそうになる恐怖。目の前の小さな命がそんな自分と同じく、生き抜く術を知らず途方にくれているのだとしたら?

それなら、いっそ…──

「キッド、よせ!」

何かを切り裂く手ごたえに思わず柄を手放すと、ただの鉄の棒となったセイバーが苔むした地面に転がった。知らぬ間に振り上げていたその武器が突然得体の知れないものに思えた。

「ハン…どうして…」

上着が切り裂かれたソロの二の腕に赤い染みが広がっていくのを、信じられないものを見るように見つめる。

「どうして、だと?それはこっちの台詞だ」

蒼白になった青年の肩を掴み強い力で揺さぶると、年上の友人は険しい表情を崩さぬままで低く問い返した。

「お前は何に怯えてるんだ?何を恐がってる?」

たたみかけるように言葉をぶつけられ、青年の身体がびくりと震えた。

「そこで震えてる毛の塊より、よっぽどびくびくしてるぜ」

やっと肩から手を放し、ソロは地面に放り出されたままのライトセイバーを拾い上げ土を払うと、動けないでいる青年に差し出した。

「ルーク…」

促すように名を呼ばれたことが引き金になり、無意識に押さえ込んでいた感情が関を切ったように溢れてくる。

「不安なんだ」

そのたった一言を口にするだけで、声が震えてしまっていた。

「今朝も、それでなんだか目が覚めちゃって」

言葉になったそれはあまりにも滑稽で、笑おうとしたが笑えなかった。続けるべき言葉が見つからずに黙り込むと、呆れたようなため息が聞こえた。

「…それでまた誰にも言わずに抜け出して、ふらふら散歩してたってのか?」

どこか責めるような言葉ではあったが、男の声も表情も穏やかだった。

「次からは、気晴らしに出かける前に誰かに言えよ」

まるで子を叱る親のような言いように、ルークは目を瞬かせ年上の友人を見上げた。戸惑いを露に向けた視線の先で肩をすくめたソロが急に顔をしかめる。

「ごめん」

自分が腕につけてしまった傷の所為だと気づき咄嗟に謝罪の言葉を口にすると、男はこともなげに心配するな、と言ってのけた。

「ただのかすり傷だ」

頼もしい言い分に頷いて微笑んでみせたつもりだったが、きっとそれは情けない困惑の表情にしかなっていなかっただろう。しかし今はそんなことより、気にしなければならないことがあった。







二人が目を離した隙に、事件の被害者は母親の亡骸の傍へと近づいてきていた。傷に自ら応急処置を施す男から離れた青年が屈みこむと、背中の毛を逆立てたその小動物は牙を剥き、警戒心を露にして後ずさった。慎重に距離をつめるルークに、琥珀色の瞳は逆に警戒の色を濃くしていく。

「大丈夫、恐くないよ」

穏やかな声と共にそっと差し伸べられた手に、追い詰められた生き物が攻撃をしかけた。子供とはいえ鋭いその牙が、ルークの華奢な指に容赦無く食い込む。その手が作り物の右手ではなく、左手であることに気づき、ソロは思わず手を出しかけた。

「ハン」

苦痛を微塵も感じさせない落ち着いた声音で名前を呼ばれ、男の動作が止まる。獣から目を離さずに、ルークは再び先刻と同じ言葉を繰り返した。

指先に噛み付いたまま喉の奥で唸り声を上げていたエンドアの肉食獣の子供は少しづつ顎の力を緩め、逆立てた背中の毛も徐々に落ちついていった。やがて青年の指から口を離すと、子猫のような姿の獣はぷつりと丸く赤い血が滲み出すのを不思議そうに眺め、小さな舌でその傷を舐め始めた。

そこで初めて自分が息を詰めていたことに気づき、ソロはほっと安堵のため息をついた。

「大丈夫か?」

ふわふわした温もりを腕の中に確かめるように抱き上げた青年の手をとり、ソロは傷の深さを確かめた。

「大丈夫、『ただのかすり傷』だよ」
「軽口を叩ける余裕があるなら、心配なさそうだ」

先刻自分が言った言葉をそのまま返され、男は苦笑してみせた。

「イウォークに聞けば、この子について何かわかるかな」

どこか独り言めいた青年の言葉にそうだな、と同意を示しながらも、ソロは真面目な顔で言い足した。

「でも気をつけろよ、あのヌイグルミは人も喰うからな」

しかも丸焼きでね、とおどけた調子で応えると、ルークは不意に言葉を止めた。

「ハン、さっきの…」

青い瞳に困惑の色を見て取り、ソロはわざと軽い口調で青年の言葉を遮った。

「俺の口が堅いのは知ってるだろう?」

さりげなく目を逸らし前を向くと、傍らから小さくありがとう、という呟きが聞こえた。

「キッド、不安を抱えてるのはお前だけじゃない」

目線を正面に向けたまま、ソロは低い声で言った。俺も不安なんだ、と心の中で独りごちながら。

「それだけは、覚えとけよ」

無言で素直に頷くルークの肩に傷ついていない方の腕を回し、少しだけ力を込めて抱きよせる。そのまま衝動に従い、ソロは青年のこめかみに軽く口づけて身体を離した。驚いたように見上げてくる青い瞳には気づかないふりをして。

そうして、二人は無言のまま並んで歩きだした。時折触れる腕と、重苦しさとは無縁の沈黙を互いに心地良く感じながら。







お互いの足音だけが響く心地良い静寂の中、心は平静を取り戻していた。

「ハン」

呼びかけたその声が震えていなかったことに安堵を覚えて、ルークは言葉を続けた。

「あんたに、話さなきゃならないことがある」

歩調を乱さないままで、男が耳を傾けてくれているのがわかる。

「でももう少しだけ、待って欲しいんだ」

もう少し、あと少したてば、きっと全てを言葉にすることができるはずだった。勝手な言い分は承知の上で、青年は叱責すら覚悟していた。

「お前がそういうんなら、俺が何を言ったって無駄だろう」

からかうように言って、ソロは空を仰いだ。

「時間は、いくらでもあるさ」

何気なく付け足された一言に、友人の優しさを感じた。

「ありがとう」

二度目のその言葉は不思議と胸を暖めて。
ようやく、自然に微笑むことが出来た。

体の芯を凍らせるような不安は、何時の間にか消えていた。







「じゃあね」

森の奥、イウォークたちの住居から少し距離を置いたところで、ルークは抱えていた小さな獣を地面に下ろした。

「元気でやれよ」

名残惜しげに足下に纏わりついてくる温もりに苦笑すると、青年は屈みこんでふわふわした生き物を押しやるように促してやった。見上げてくる金色の瞳に、真摯な青い眼差しが映っていた。最後に一つ小さく鳴いて、その獣は微かに葉を揺らし藪の中へと姿を消した。無言で木々を見つめている青年の肩に毛むくじゃらの大きな手が置かれ、低く喉を鳴らすウーキーを振り返ると、ルークはすこし寂しそうに微笑んだ。

「大丈夫だよね、きっと」

返ってきたのは揶揄を多分に含んだ唸り声で、同時に整えてあった金髪をぐしゃぐしゃとかき乱され、ルークは笑いながら悲鳴をあげた。

「誰かさんとそっくりだから心配ないって、どういう意味だよ!」

逃げを打つ青年の身体を羽交い絞めにして、チューバッカは益々楽しそうに声を上げ続けた。

「見た目は頼りなさそうでも、意外に芯が強いってことだろう」

横槍を入れつつ、じゃれあう彼らを見守るソロの眼差しは優しい。チューバッカの腕の中から自由になろうともがくジェダイ騎士の顔から、寂しさの影が消えていることに気づいて、年上のコレリア人は内心ほっとしていた。

やっとのことでウーキーの馬鹿力から開放された青年がよろけたのを受け止めてやると、ぐしゃぐしゃに乱された柔らかい髪がふわりと鼻先に揺れた。くつくつと笑う男を、青年が恨めしそうな表情で見上げた。俺の所為じゃない、とばかりに目配せすると、作られたしかめつらは瞬時に崩れ、穏やかな笑みに変わっていった。

「早く帰ろうぜ、お前の妹が心配する前にな」

頷くルークの肩をぽん、と叩いて、ソロは既に歩き出していたチューバッカの後について、来た道を戻り始めた。一人残された青年は額にかかる髪をかきあげて、一瞬だけソロが触れた肩に手をやり目を閉じた。そして小さく微笑んだまま一つ息を吐くと、仲間たちに向かって走り出した。


その手の温もりが、消えないように。






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4000HIT・ソラワタルさまのリクエストで、「ROJ以後落ち込むルークを身体で慰めるハン」でした。
 ご希望の内容からは少々外れてしまいましたが、リクエストどうもありがとうございました!





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