3.
『自宅謹慎』
正式な手順を踏んでセッティングされた正式な交渉の場で、相手方の代表者を殴るという前代未聞の悪行を成し遂げたハン・ソロが処された罰は、ただこれだけだった。
レイアの巧みな話術によって、というよりは、ナー・シャッダの外交官は痛みと混乱で動揺しきったところを姫君の強気の発現に押しきられ、新共和国代表者のボディガードを挑発し、平和の象徴であるジェダイ騎士を侮辱したことを認め、それでも自分たちに有利なままの調停にその場から逃げ出したい一心でサインをした。
トワイレックが殴られた瞬間、異変を察知したナー・シャッダの旧型ドロイデカが二体、部屋へと入ってきたが、既に新共和国軍の護衛官二人に取り押さえられていた男にスタン・モードの銃を向けた以外は、これといった行動を起こそうとしなかった。
その後間もなく、いささか慌しく飛び立った帰りのシャトルの中で、レイアが、転がるように部屋に入ってきた戦闘用ドロイドを見たときは生きた心地がしなかった、と震える声で語ったが、ハンは珍しく殊勝な態度で同意を示す傍らで、ピンチに陥ったときの彼女の横顔がその日いちばん活き活きしていたことを思い出していた。勿論、それを口に出そうなどとは思わなかったが。
まるで奇跡のような姫君の新たな武勇伝は、蓋を開けてみれば、あのトワイレックが間髪を入れずに掴みかかられ、容赦なく殴り飛ばされたために、あらかじめ用意されていたテーブル下部の緊急事態用のボタンに手が届かなくなっていたという、なんとも間の抜けた理由によって成立した偶然だった。帝国崩壊後に就任した『密輸業者の月』の実質的なリーダーが、商売人としての才能はあれど、帝国の支配時代であればすぐに追い落とされてしまっていたような肝の据わっていない小物だったことが幸いし、新共和国対ナー・シャッダ及びその影響下にある無数の惑星・衛星の戦争は勃発せずに済んだのだった。
そして今、自宅謹慎などという子供騙しの処罰を受けているハン・ソロは、スカイウォーカー議員のマンションで机に向かい、ラップトップで報告書を作成している。
俺はここで何をしている…?
カタカタとキーを鳴らし、ハンは意味をなさない文字の羅列をモニターに表示させては削除することを何度か繰り返した。ボディガードという名目でついていった男が、交渉相手の惑星の代表者を殴ってしまうのが、どれだけとんでもないことかは、さすがのハンにも判っている。すべてに嫌気がさして、先刻から一行も進まない報告書を仕上げることを諦め、男は年下の恋人の作業机にブーツを乗せて、椅子に深く腰掛け頭の後ろで手を組んだ。
二人で過ごすことに慣れたこの部屋で、一人きりで過ごさなければならない時間は静かすぎて、妙に心細い気分になる。ルークがニモーディアから戻ってくるのは二日後で、チューイを乗せたファルコン号が帰ってくる予定時刻まではまだ半日以上あった。それまでこのがらんとした空間で過ごすのかと思うと、気が滅入った。
今すぐ、無性に、ルークに会いたかった。
何度目かもう覚えてもいないため息が、悪態とともに床に降り積もったとき、形式的な対処の一貫として、銃器を没収されてからずっとホルスターと一緒にベッドの上に投げ出してあるコムリンクが鳴り出した。無視を決め込もうとした男は、独特の電子音からそれがファルコンの副船長からの連絡であることに気づき、急ぎ足で寝室まで向かい、ホルスターにつけたままになっていた小さな通信機をむしり取るように手にすると、通話ボタンを押し、相手の挨拶も待たずに通話口に向かい怒鳴った。
「チューイ!何番ベイだ?」
混乱した相棒の唸り声を無視し、ハンは再び質問を繰り返した。事情をうっすらと察したチューバッカがドッキングベイの番号と位置を伝えると、ハンは早口に用件だけを告げた。
「今からそっちに向かう──いつでも出発できるように準備しておいてくれ」
そうして一方的に通話を切った男は、ホルスターを身につけ、床に落ちていたジャケットの埃を申し訳程度に払って羽織り、机の引き出しに入っていた接続コードを乱暴に引っ張り出すと、玄関にセットされたセキュリティコードを解除する為に、室内に設置されたインターホンの端末をラップトップに繋いだ。
◆ ◆ ◆
銀河一のスピードを誇るガラクタ船が悠々と光速空間に突入してしばらく経った頃、コルサントのビル街を一望できる窓が壁一面に広がる明るいオフィスに、常に無く取り乱した女性議員の甲高い声が響いていた。
「なんですって!?」
レイアは書きかけの報告書が表示されたモニターなど忘れ去ったように、重厚な肱掛椅子を蹴倒す勢いで立ち上がった。
「ですから、ソロ船長が先程ファルコン号でお出かけになったと…」
「ソロ船長はお出かけしてはいけないことになっているから聞いているのよ!」
戸惑ったように腕を上下させる金色のプロトコル・ドロイドを見て、つい声を荒げてしまったことを瞬時に反省すると、新共和国の若き統率者は落ちつくのよ、と自分に言い聞かせこめかみを抑えた。
「チューバッカはいつ帰ってきたの?」
「今朝方0800頃に戻ったようです」
おろおろしながらも的確に情報を吐き出すC-3POの磨かれたボディに穴が開けられそうなほどの視線で、ドロイドの瞳に当たる格子状のフォトリセプターをじっと見据えると、彼女は突然降って湧いた衝撃情報に運転停止している思考を通常通りに動かそうと試みた。
ハンの希望で謹慎場所に決まったルークのマンションの玄関には、セキュリティコードがかかっていた。でもきっと、あんなコードの解除くらいハンには朝飯前ね、と自分で自分の思いつきを打ち消すと、レイアは再びハン・ソロを引きとめることができる可能性を必死で探した。そうだわ、どのドッキングベイから飛び立つにしても、軍本部の承認が必要な筈──
「ハン・ソロ将軍には出航規制がかけられていたはずよ?」
「ファルコン号にはかかっていなかったそうで」
やられた、とばかりに天井を仰ぎ額に手をあてたアルデラーン出身の姫君は、明かに不審だったに違いないファルコン号の到着後すぐの離陸に何も察知できなかった無能なポートセキュリティを内心で罵ると、目を瞬いて、何度か深呼吸をすると、3POに向き直った。
「行き先は判っているの?」
多分あそこに違いないけど、と頭の中で付けたしながら、レイアは尋ねた。
「光速移動の記録によると、ニモーディアへ向かったようです」
やっぱり!と口に出して言うと、レイアは思い出したように腰を降ろした。そして興奮を緩和するために肩で息をつくと、背もたれに体重を預けた。
「…仕方ないわね、あの二人には羽が生えているんだもの」
とくにハンは大人しく籠に入っているような可愛らしい鳥じゃないもの、と呟いて、諦めたように首を振り、レイアは苦笑した。
「ハンがコレリアでの任務を引き受けたときは内心でひやひやしていたのに、随分真面目に仕事をこなしているようだから、おかしいと思ったのよ。こういう事態がもっと早く起きなかったのが不思議なくらいだわ──あの問題児にはきっと、これぐらいが普通なんでしょう」
彼が大人しくなってしまったら、我らがジェダイ騎士も悲しむでしょうしね、とひとりごちて、レイアは自分自身の言葉にクスクス笑った。
「あまりはしゃぎ過ぎないでいてくれると良いんだけど…」
心配そうな姫君の呟きを聞いた3POは、どこか嬉々とした様子で聞き覚えのある台詞を口にした。
「ルーク様とソロ船長が何事もなくニモーディアから帰還される確率は、15342分の1です」
いつでも余計な一言を付け加える金色の通訳ドロイドに、一瞬面食らった表情を向けたレイアは、いつかのハンのように、確率なんかいらないわ、と笑ってみせた。
◆ ◆ ◆
「スカイウォーカー議員、どうかしましたか?」
会議の合間の休憩を終え、食事が用意されていたダイニングエリアから会議室へと戻る途中の共和国の外交官たちは、突然立ち止まったジェダイ騎士に気づき、それぞれ不思議そうな表情を浮かべながら振りかえった。
「まさか──でもこれは…」
呼びかけた部下たちには聞こえないような小声で呟いて、ルークは右手に広がる宇宙を見やった。
調停会議の場所として選ばれたニモーディア上空の宇宙ステーションは、行き届いた設備管理と、ドーナツ型の基地をぐるりと囲むように走る長い廊下からの素晴らしい眺めが売りの公共施設だった。近隣の銀河に散りばめられた美しい色彩の星雲や恒星が一目で見渡せると中々の評判で、コルサントの住民も注目し始めた観光地なのだと、つい最近新婚旅行でステーションを訪れたという護衛の一人が照れくさそうに教えてくれた。
外に向かって少し張り出した壁の全面がガラス張りになった廊下を歩いていると、まるで宇宙を歩いているような気分を味わうことが出来るのだと自慢気に説明していた接待役のニモーディアンを思い出し、確かにこれは見事だと青年も感心していたところだった。
柔らかなエメラルドグリーンの光を放つラグーンネビュラから目を離して、ルークは二人の若い外交官とそれぞれの隣を歩く護衛役の兵士たちに向かって微笑んだ。
「一つ、用事が出来てしまったんだ、先に行っていてくれないか」
「用事、ですか?」
会議が始まるまでには必ず戻るよ、と穏やかな笑みを崩さずに言うと、4人は一瞬顔を見合わせ、遅れないように、気をつけて、と気まぐれなところもあるが外交の腕は確かな上司に一言ずつ声をかけて、再び歩き出した。
彼らの姿が廊下の曲がり角の向こうに消えたのを確認すると、ルークは星空に溶けこむような深い青の絨毯を蹴って、間違えようのない、愛しいその気配に向かって駆け出した。
近付くほど強くなるフォースを道しるべに、広大なステーションの中で迷うことなく辿りついたドッキングベイに見なれたガラクタ船を見つけ、ルークの胸はいつものようにとくとくと弾むような鼓動を響かせる。
「ハン!」
ファルコンのハッチが降りると同時に、金髪のジェダイ騎士は黒一色のチュニックの長い裾を翻して、タラップを降りきってもいない船長に飛びついた。決して軟弱ではない青年に体当たりされ、バランスを崩しそうになりながら、ハンは笑った。
「随分熱烈な歓迎だな、キッド」
自分もクスクス笑いながら、年下の外交官は顔を上げると、目の前にある特徴的な右上がりの笑みを精一杯真似て、にっと笑った。
「ソロ将軍は自宅謹慎中だと伺いましたが?」
「だから『自宅』ごと飛んで来たんだ、規則は破ってないだろう」
大げさに肩をすくめると、ハンはそれにしても情報が早いな、と苦笑しながら、走って来た所為でセットが崩れてしまったルークの髪に指を絡ませ、重力に反発するくせ毛を撫でつけるように梳いた。髪に差込まれた指の感触の心地良さに、猫のように目を細めていた青年は、首を傾げて、わざわざ通行規制をくぐってこんなところまで飛んで来た男の顔をじっと見つめた。心なしか、いつもは自信に満ちているハンの力強いフォースが揺らいでいる。背中にまわしていた手を緩めて少し距離を置くと、ルークは改めて年上の操縦士に向き直った。
「ナー・シャッダで、ちょっとした『騒ぎ』を起こしたんだって?」
「まあな…」
言い難そうに言葉を濁し、曖昧に鼻を鳴らした男を見上げ、青年はヘイゼルグレーの瞳を覗き込んだ。
「五体満足でいてくれてほっとしたよ。会議室までは緊急警報が響いてこなかったから、申告な事態にならなかったんだろうとは思ってたけど」
レイアも他の皆も無事なんだろう?とつとめて軽い口調で問いかけると、視線の先で頷いた男の口元が気まずそうに歪められた。
「話はまとまったの?」
「…ああ、姫さんの手腕のおかげでな」
躊躇いがちに答えつつ、問うような視線を投げかけてきたハンの思考を読んだかのように、年下のジェダイ騎士は微笑んだ。
「騒ぎについては、あんたが話したくなったら聞くよ──こっちはちょうど今、休憩が終わるところだったんだ」
これからまた監獄にとんぼ返りだよ、とおどけた調子で付け足されたルークの言葉に、チューバッカの優しい唸り声がオーバーラップした。昇降口の上の廊下から姿を現した背高の副船長は、毛むくじゃらの腕を上げてグルグルと喉を鳴らした。
「やあ、チューイ」
微笑んだ青年は、停泊の為の手続きは全て終わったと船長に報告するウーキーに、久しぶりだね、と短い挨拶を返した。ハンが頷いたのを確認すると、毛むくじゃらの副操縦士は恋人たちの邪魔にならぬよう、その大柄な体躯に不似合いな程静かに、タラップの上へと姿を消した。
「すぐ戻るのか」
青年の額にかかった前髪をかきあげてやりながら、男が問いかけた。
「残念ながら、お茶を飲む時間も無いんだ」
苦笑してそう言った青年の瞳に、次の瞬間、何かが閃いた。
「…ハン、折角だし、会議室まで一緒に来てくれないかな」
今回の取引でのナー・シャッダの言い分も詳しく聞きたいし、と言い足した年下のジェダイ騎士は、すっかり外交官の顔になっていた。隠しごとをしているようなルークの態度を不思議に思いながらも頷いて、並んで歩き出した男は、ふと足を止め眉を寄せた。
「その会議室とやらにたどりつくまえに、俺は何か覚悟しておいた方がいいのか?」
上目遣いに見上げてくる傍らの青年を見やり、反射的に、いい、何も言うな、とルークの言葉を制すると、ハンは息の下で微かに呟いた。
「嫌な予感がするのは、気の所為じゃ無さそうだ」
◆ ◆ ◆
新共和国と通商連合の話合いが行われている部屋は、停泊所からさほど遠くない区画にあった。レンガ色のカーペットが敷かれた円形の会議室は、ありとあらゆるプレゼンテーションが出来る設備が整えられた多目的ホールで、丸い椅子が段になってコロシアムのように中心を向いて並んでいる。
入口付近に立っている警備員らしき人物と一言二言何かを相談しているルークを横目に、部屋に足を踏み入れた途端、既に席についていた外交官たちが一斉に入口の方を向いて、ハンは思わず後ずさりそうになった。そんな彼の傍らで、金髪の青年は仕事用の微笑を浮かべ、形式的な挨拶を口にした。
「お待たせしました」
いいえ、時間通りですよ、と答えるやや年老いたニモーディアンに笑みを向け、ルークは部下たちが座っている側の最前列の席へとハンを導いた。
「俺の仕事はジェダイ騎士殿のエスコートだけじゃなかったのか?」
低い声で囁けば、振り向いた青年が何かを企んでいるような瞳で見上げてくる。呆れた振りをして男がため息をつくと、ルークは少しだけ申し訳なさそうな表情を浮かべた。気にするな、という意味をこめて目配せしたハンは、青年が立ち止まった隣の席についた。
大事な会議に臨むにしてはやや尊大な態度で座席に腰を落ちつける男を見下ろすジェダイ騎士に、先程のニモーディアンがゆったりとした長衣の裾を揺らして歩み寄った。
「スカイウォーカー議員、そちらの方は…?」
「総督。こちらは、ハン・ソロ将軍です。会議に参加しても構わないでしょうか」
勿論ですよ、と快く飛び入り参加の許可を出した通商連合の代表者は、丁寧に辞儀をすると握手を求めてくすんだ灰緑色の手を差し出した。組んでいた足を解いて立ち上がった男は、精一杯愛想の良い笑みを浮かべ、差し出された手を握った。
「ソロ船長、貴方とは一度お会いしたいと思っていましたよ。我が惑星の誇るステーションへようこそ」
「光栄です」
相手の友好的な、しかし抜け目無くこちらの狙いを探ろうとしている橙色の眼差しが、慣れない運動で僅かに引きつった顔の筋肉につきささる。詮索されたところで、ハン自身どういった理由で自分が会議に参加させられているのかわかっていないのだ。無駄な努力だぜ総督さんよ、と内心で呟いて、男は再び椅子に腰を降ろした。
始まった会議の内容は、税金問題に終始していた。フリートレードを謳う新共和国に対して、通商連合は傘下にある惑星同士の交易をある程度抑制する権利を手放したがらない。穏やかながらも、出口の見えないどうどうめぐりの議論が続き、退屈そうに顎をさするハンの傍らで、主導権を部下たちに預けて傍観者に徹している金髪のジェダイが、今朝からずっとこうなんだ、と囁いた。
「行儀の良い議論ってのは、取っ組み合いの喧嘩よりたちが悪いな」
目線を前に向けたまま低く囁き返すと、笑いを誤魔化すための小さな咳払いが聞こえた。
会話が一段落する頃合を見計らったようにルークが立ちあがったのに気づき、男が顔を上げると、青年が先程の警備員に合図をしているのが見えた。
「議論の最中申し訳ありませんが、少しだけ、お付き合いいただけますか」
円形の部屋の中心に歩み出たルークの台詞と共に、ホール内の照明が落とされた。
「今回のこの話合いの意味を再確認していただきたい」
黒いチュニックを着た青年の足元から登った青い光の粒子が、彼の周囲を旋回するように広がっていくのを、その場の誰もが身動ぎもせずに見つめていた。
「コア・ワールドやそれに隣接する宙域で、新共和国と足並みを揃えている惑星は、これだけ。そして通商連合に含まれる惑星も含めると、星系図はこのようになります」
青年の言葉に呼応するように、惑星を表す青白い光の粒が、一つまた一つと鮮やかなエメラルドグリーンの光を灯していく。
「そしてつい先程、ハン・ソロ将軍から直々に、ナル・ハッタ星系にあるナー・シャッダと、新共和国の調停が結ばれたと報告がありました」
青年の指し示したナル・ハッタを中心として、立体的なチャートに、淡く透き通ったエメラルドグリーンの光が広がっていった。
「ご覧の通り、この広大な範囲に渡って行われるべきだと我々が信じている自由交易は、信頼関係によって成り立つものです」
今はチュニックの裾に隠れて見えない古の武器の刃と同じ色の光の中で、青年は微笑んだ。
「どうしても当人同士では解決できない問題が起きたときにのみ、新共和国が介入し、開設策を提示して平和的な話合いを促す──そして通商連合は、惑星同士の交易を円滑に進める手助けをする。それが私たちの理想とするシステムです。勿論、あなた方が仰っている通り、最初から通商連合が工程を取り仕切ることでうまくいく場合もあるでしょう」
スウ、とエメラルドの光が消えて、ジェダイ騎士をとりまく星たちは、黒いチュニックに幾分か弱まった青白い光を投げかけた。
「ただ、通商連合が常にそういった力を持つとなれば、新共和国は勿論、影響力の大きな自治体──たとえば、そう、ナー・シャッダなどにも、同じ程度の権利を与えると共に、新たな規制を行使しなければ、バランスが取れなくなる」
口元には柔らかな笑みを浮かべていたが、ルークの瞳には挑戦的な光が潜んでいた。
ハンは闇の中でにやりと口の端を曲げて笑った。この歳若いジェダイ騎士は、暗にそちらが駄々をこねるようなら、せっかく穏やかにまとまったナー・シャッダとの契約を書き換えて、密輸業者の月とあなた方との関係を暴き出すことも出来るんですよ、という脅しをかけている。
旧共和国時代から幅を利かせていたニモーディアなどの商業惑星が、密輸業者との繋がりを一切持たずにいた可能性は限りなく低い。考えたなキッド、と男は満足げに笑みを深くした。
「新しい平和の形を見出すためにも、ご一考下さい」
ふっ、と光の立体星系図が消えて、明るい照明がゆっくりと戻ってきた。驚きと感嘆の混ざった顔でジェダイ騎士を見つめる新共和国側の一行とは逆に、通商連合の面々はざわざわと何事かを相談し合っているようだった。落ちついた足取りで席に戻った青年を、ハンはどこか誇らしげな表情で迎えた。
「お見事」
口笛でも吹きそうな顔で最上級の誉め言葉を呟いた男に一瞬だけ得意げな笑みを見せると、ルークは何事もなかったように部下たちにその場を譲り、再び聞き手に徹した。
◆ ◆ ◆
ジェダイ騎士が即興でやってのけた短いプレゼンテーションの後は、とんとん拍子に話しが進み、予定よりもずっと早く調停が結ばれ、その場は散会となった。
帰りのシャトルの手配について指示を出すルークに、接待役らしきニモーディアンが、とても残念そうな顔で祝辞を述べに現れた。しかしそのあからさまな落胆は、滞在期間を予定より一晩延ばしたいというジェダイ騎士の申し出で霧散した。接待役の彼は感謝の言葉を繰り返しつつ振り子の玩具のように何度も頭を下げ、手放しで上客の気まぐれを喜んだ。早速VIP用のスイートルームを手配しようと会釈もそこそこに退室しようとする相手を、ルークは慌てて引きとめた。
「そのことで、一つお願いが──」
金髪の青年は外交用の笑顔を浮かべながら少しだけ声を落とし、とある商談を持ちかけた。穏やかな声音で提示されるルークの案に耳を傾けていた接待役の彼はしばし戸惑った表情を浮かべていたが、ビジネスが得意な種族と言われるだけあって、しばらくすると合点がいったように頷き、何事かを請け負い今度こそいそいそと去って行った。
少し離れた場所に立っている年上のコレリア人の視線に気づき目を上げた青年は、一瞬だけ他の誰にも見せることのない悪戯めいた笑みを浮かべて、再び政治的な世辞が散りばめられた談笑の輪に戻って行った。
幾人かの外交官や政治家と必要最小限の社交辞令を交わし、会議室の入り口付近で所在なさげに壁にもたれたハンが何度目かの欠伸を噛み殺した頃、聴きなれた声がソロ将軍、と滅多に使わない役職名で彼を呼んだ。
「おつかれさま、付き合わせて悪かったね」
仕事中に見せる他人行儀な笑顔は労りを含んだ心からの笑みに戻っていたが、二人の間の距離は人目を気にしてなのか、いつもより少しだけ遠かった。青年の腕を掴んでそのしなやかな体躯を抱き寄せたい衝動を抑え、目線で頭からつまさきまでを辿るだけにとどめると、ハンは口の端を上げてにやりと笑った。
「埋め合わせは後で嫌というほどしてもらうさ」
意味ありげな視線と声音で男の言わんとするところを察し、ルークは迂闊にも顔を赤らめ、誤魔化すように空咳をついた。
「ファルコンに戻る前に、レイアと連絡を取らなきゃ」
妖しげなムードを一掃するために、苦し紛れに口にしたその一言は期待以上の効果を発揮した。あからさまに顔をしかめたコレリア出身の船長は、片手で首の後ろをさすりながら目を逸らし、ため息をついた。
「姫さんへの報告は、俺がいなくてもいいだろう」
「謹慎中の将軍殿が突然行方不明になって、きっとレイアも心配してるよ」
心配じゃなくて激昂の間違いじゃないのか、などとぶつぶつ呟いて、渋るハンの背を押し、たどりついた業務時間終了間際の通信室は無人だった。アストロメク・ドロイドに似た形のメンテナンス・ドロイドだけがフロアを行き来している。通信コードを打ち込み、回線が認証されるまで待つ間、ホロ・プロジェクターの前で肩を並べた二人は、それぞれまったく違う表情を浮かべていた。
「そんなに身構えなくても、レイアは頭ごなしに怒ったりしないよ」
「そりゃあ、お前は謹慎命令を破って飛び出してきたわけでも、交渉相手を殴ったわけでもないからな」
渋い顔で低く唸る年上の恋人を見上げ、仕方ないな、とため息をつくと、ルークは聞き分けのない子供をしかる親のような表情でハンに向き直った。
「どうしても嫌なら、外で待っているといい。細かい報告をするわけじゃないし、すぐに済むから」
安堵のため息と苛立ちを含んだ唸り声が混ざった曖昧な返事をして、おざなりに片手を上げた男が通信室を出ていくと、ルークはふう、と一つ大きく息を吐いてプロジェクターに向かい、通信開始のボタンを押した。
小さな電子音と共に、実際の8分の1程度の大きさの、透き通った青い人物像がプロジェクターの円形の台の上に現れた。
「やあ、レイア」
『おつかれさま、ルーク』
初めて見た時より女性らしさと知性を増した彼女のホログラムは、微笑んで兄に労いの言葉をかけると、すぐに表情を引き締めた。
『ハンがそっちに行っているわね?』
質問というよりは、確認といった声音で問う妹に、ルークは一瞬返答につまった。それとももうそこにはいないの?とたたみかけるように続いた台詞に我に返り、青年は少々慌てて答えた。
「大丈夫、外で待ってるよ」
『そう、それならいいんだけど。ちゃんと捕まえておいてね?』
彼女の表情は真面目なままだったが、言葉の端々に滲む笑みを聞き取り、ルークは目を瞬いた。
「怒ってるとは思わなかったけど、もっと何か言われると思ってた」
『今回は彼に借りがあったでしょう?それに、行き先が判っている逃避行なんて、可愛いものだわ』
その言い草に青年が小さく吹き出すと、今のはここだけの秘密よ、とレイアも笑った。
『それはそうと、随分早い時間に会議が終わったのね。ちょうど時間が合ってよかったわ。こんなに早く連絡が入るってことは、とても悪い知らせか良い知らせのどちらかね、違う?』
「とても良い知らせの方さ」
まだ先程の冗談を引きずっているルークは、緩みそうになる口元を引き締めながら言った。
「通商連合との調停は、全面的にこっちの言い分が通ることになったよ」
『まあ!』
凄いわ、本当に?と1オクターブほど跳ねあがった声で期待と感嘆をこめて問うレイアに、青年は笑みを向けた。
「ハンが来てくれたことが効果的にはたらいたんだ。ナー・シャッダとの『相互的な信頼関係』をちょっとばかり強調して、賭けに出てみたのがうまくいってね」
賭け、という言葉にレイアは一瞬驚いたように眉を上げたが、すぐに思考を切り替え、真面目な顔で彼女なりの感想と分析を述べた。
『ナー・シャッダの影響力は本当に計り知れないのね…ニモーディアにしてみれば、痛いところをつかれたって感じだったのかしら』
「そうだね。密輸業者の月と呼ばれるだけあって、帝国軍統治時代のナー・シャッダはあらゆる分野の流通にかかわってたんだろう。彼らが人身売買や武器の密輸にそこまで加担しているとは思えないけど、それなりに深い関りはあった、って予測が妥当なんじゃないかな」
そうして立ち回れなきゃ、今ごろニモーディアは通商連合を立て直すことも出来ないほど荒廃してしまってる筈だしね、と肩をすくめ、ルークは考え込むような表情になった青いホログラムを見つめ、再び口を開いた。
「それでも、時代は確かに変わってるし、今回二つの調停を結んだことで、新共和国は確実に一歩前進したよ」
『ええ、そうね』
現状に満足せず、常に新たな問題に立ち向かおうとする妹を励ますようなルークの声に顔を上げたレイアは、真摯な言葉を素直に受け取り、心からの笑みを浮かべてみせた。
『それで、すぐにコルサントに帰って来られるの?』
「そのことなんだけど…」
帰る予定を尋ねられ、金髪のジェダイ騎士は待ちかねていたように話を切り出した。レイアと直接向き合うのを渋ったハンを無理に引きとめなかった理由でもあったその話の内容に、レイアは苦笑して首を振ると、仕方ないわね、と双子の兄に穏やかな瞳を向けた。
『ただし、帰って来たら報告書の山と祝賀会の招待状と、不機嫌なモン・モスマが待ち構えてることを覚悟しておいてね』
大仰に顔をしかめるルークを見て、レイアは肩を揺らして笑った。
『折角だから、出来る限りの贅沢をしてくるといいわ。ただし、ちゃんと二人で明後日までに帰ってきて頂戴』
釘を刺すのを忘れないしっかりした妹に了解、と答えて微笑み、ルークは通信を切った。
◆ ◆ ◆
人気のない廊下は道しるべのように足元を照らす白いライト以外の照明が落とされ、設計者の狙い通り、どこか神秘的な空間になっていた。ゆっくりとした歩調で、愛すべきおんぼろ船の待つ格納庫へと向かう二人は、黙ったまま、胸の内にあるものをお互いに伝えるきっかけを探していた。
「この間の、ハット族との会議のときも思ったが、なかなかの仕事ぶりだな」
最初に沈黙をやぶったのは、ハンの冗談まじりの一言だったが、ひっぱりだこな理由がわかったぞ、と付け足した男の表情には揶揄めいたものは見てとれなかった。少し驚いたような顔で、ありがとう、と答えたルークは、続けて何かを言いかけ、口をつぐんだ。なんだ?と先を促され、青年は困った顔で男を見上げた。
「…今は、組織の中で自分に出来ることをやって、役に立てればいいと思ってる。でも、この先ずっとこの仕事をやっていきたいとは思わないんだ」
うまい返事を見つけられず、そうか、とだけ答えたハンは、思い出したように口を開いた。
「それはお前がジェダイだからか?」
「うん…」
言い難そうに語尾を途切れさせた青年は、年上のコレリア人の表情を伺い、静かに続きを待ちつづけている瞳に気づき、ゆっくりと話し始めた。
「もっとジェダイの有り方について調べたり、考えたりして、自分なりの行き先を決めたいんだ。そして適当な場所を見つけて、フォースの資質がある候補者を集めて、僕やレイアみたいにフォースを感じることが出来る者の可能性を探ってみたい」
学校みたいなものか、と口を挟んだハンに、そんな大それたものに出来るかどうかはわからないけど、とルークは首を傾げた。
「今すぐってわけじゃないよ、もっとずっと先…でもいつか必ずやらなきゃいけないことだって、そう思ってる」
「モン・モスマが聞いたら何がなんでもお前を引きとめたがるだろうな」
そうだね、と小さく笑った青年は、しばしの沈黙の後、男の方を見ずに低い声で問いを放った。
「ハンは…これから、どうしたいと思ってる?」
珍しく目を合わせずに尋ねる青年を、ハンはちらりと横目で見やった。
「今回は特に、無理を言ってハンに僕やレイアの管轄の任務を押しつけたよね。この先また、こういうことが起こらないとは言いきれない。あんたはそれでいいのかな、って──これが本当にハンのしたいことなのかどうか、聞きたいんだ」
ルークの少々固い声音を訝るように、男は片方の眉を上げた。
「…お前はどう思うんだ、キッド」
「今のハンは少し、無理してるんじゃないかと思う…でも僕はハンの傍にいたいし、いてほしいと思うよ。それが我侭だと分かってても」
返答に詰まって跳ね返した質問に対して、予想どおりの答えと予想もしなかった告白が返ってきて、ハンは思わず足を止めた。数歩先で立ち止まり振り返ったルークは男の視線から逃げるように目を伏せて、変わらないトーンで続けた。
「コルサントを発つ前にランドと少し話をしたんだけど、その時に言われたんだ…『口に出さなきゃ、伝わらないこともある』って」
そこで一度言葉を止め、ルークは顔を上げた。蒼い闇の中、青年の額に落ちた金色の髪が濃い影を描いている。
「だから自分の気持ちはちゃんと言おうって、そう思ったんだ。それを聞いたとしても、最終的に何かを決めるのはハン自身なんだし、ね」
ソロ船長は、他人の言葉で簡単に揺らいでしまうような軟弱な神経は持ち合わせてないだろう?と、わざとおどけた口調で言いながら、青年は微かに口元を綻ばせた。しかし、まっすぐに男を見据える瞳の奥には、強い意思とは裏腹に、どこか不安げな色が揺れていた。
「お前は他人じゃないだろう」
軽い調子で出てくる筈だった男の言葉は、無様に掠れてしまっていた。
「…そうだね。それで、ソロ船長のご決断は?」
答える代わりに、ハンは黒いチュニックに覆われた体躯を引き寄せ、青年のこめかみに唇を押し当てると、抱きしめた。その刹那、耳元で低く囁かれた睦言に目を見張ったルークは、同じだけの想いを込めて、知ってるよ、と小さく囁きかえした。
腰にまわされた腕と、髪に指し込まれた手に込められた力が少しだけ強くなり、ランドの野郎のアドバイスだってのが引っかかるけどな、と低い唸り声が聞こえて、ルークはどこか上の空でクスクス笑った。広い背中まで手を伸ばし抱擁を返すと、耳元でハンが彼の名を呼んだ。しばしの逡巡の後、男は低い声で語り始めた。
「ナー・シャッダのトワイレック野郎をぶっ飛ばしたのは、そいつがお前を侮辱したからだ」
「ハン…?」
突然男が吐露した事実に驚き、腕の中で身動ぎした青年を、力強い腕が押さえた。
「フォースもジェダイも信じちゃいないが、俺は──お前のことは、信じてるんだ」
低く耳元に吹き込まれた言葉を脳が理解するまで、数秒かかった。
「たしかにお前の言う通り、今のままの状況が続けば俺は飛び出そうとするだろうが、全てを捨てて逃げ出そうなんて予定はないぜ」
男の顔を見上げることを諦めた青年は、今は呼吸をすることも忘れたように、じっとハンの言葉に聞き入っていた。
「それに、議会のやつらにくっつけられた階級証を外したとしても、お前との繋がりが一切なくなるってわけじゃないだろう。違うか、キッド?」
頷くのが精一杯だった。ハンの肩越しに見える銀河が霞んで、ルークは今にも堰を切って溢れだそうとしている感情を持て余し、黒いベストの布地に額を押し当てた。
目を閉じれば、密着した身体から温かな鼓動が響いてくるのを全身で感じることが出来た。吐息と共に張りつめていた緊張の糸を緩めるように身体の力を抜いて、柔らかな笑みを唇に浮かべると、ルークは再び顔を上げ、静かに輝きつづける空の景色を瞳に映した。
「オーロラだ…」
唐突に呟いたその言葉で抱擁が少し緩くなり、青年はゆっくりと身体を離すと、ハンが背を向けていた壮大な景色に歩み寄った。
「そういえば、夜になると人工のオーロラが見られるって、会議の前に誰かが言ってたんだ」
振り向いてそう言うと、ルークは全面がガラスばりの壁に向き直り、大窓に沿って設置された手すりに凭れて、素直な感嘆を瞳に浮かべ、一瞬ごとに色を変える壮大な宇宙のカーテンを見上げた。
「この上にある大型の望遠鏡からならヤヴィンの衛星も綺麗に見えるって聞いたけど」
どの辺りにあるのかな、と呟くルークを後ろから抱きしめるように手すりに両手をついたハンも、青年と目線を合わせて宇宙を見渡した。
「たまにはこういうのも悪くないだろう?」
「ああ、ゆっくり空を見てる暇なんか、中々無いからな」
数えきれない程何度も星空を見てきた筈の恋人の賛同を得て、青年は満足気に頷いた。
背中に触れる体から伝わる低い声と温もりを心地良く感じながら、ルークは星空を見つめたままニモーディアの新しい観光名所である壮大な人口のリゾート地について、接待役から聞いた説明を簡単に繰り返した。
「商売上手なニモーディアンらしいな」
スペーサーらしい偏見ともいえる意見を述べる年上の操縦士をちらりと振りかえり、ルークはわざと抑えられたように聞こえる声音で自分の意見を口にした。
「こんな大規模な観光施設は、一日じゃ満喫しきれないだろうね」
「キッド、お前何を企んでる?」
手すりに置いていた手を引いて訝しげに見下ろしてくる男に向き直り、ルークは背筋を伸ばしかしこまった様子で咳払いをすると、悪戯めいた光を青の対に宿らせてヘイゼルの瞳を見つめ返した。
「これよりハン・ソロ将軍の身柄は、私ルーク・スカイウォーカー外交担当の監視下に置かれることとなりました」
台詞の途中で肩を揺らしながら笑い出した男は、青年が喋り終わると同時に参った、と両手を上げた。
「それで?外交官殿のご命令は?」
金髪のジェダイ騎士は口元に手をあてて考え込む振りをした後、堪えきれなくなったように満面の笑みを浮かべた。
「謹慎中のソロ将軍には、僕の2泊3日の休暇に付き合ってもらうよ──さっき、特別価格で部屋を予約したんだ」
◆ ◆ ◆
コルサントの中心部に位置する新共和国軍基地の待機室に、ばたばたと慌しい足音が響いた。のんびりと3つの車輪を転がして床の上を進む緑色のR2ユニットを廊下に置き去りにして入ってきたコラン・ホーンは、テーブルを囲んでいる上司や同僚たちの前に勢いよく雑誌を叩きつけるようにして広げた。
「隊長、これ、見ましたか?」
なんだかものすごいものを発見してしまった、というわけのわからない高揚感も相俟って、例によって全速力で走ってきたらしい若者の息は珍しく上がっていた。
「なんだ、ゴシップ雑誌か?珍しいな、少佐…」
「ちがいます、よく見てくださいよ!」
通常ならば上官への非礼に当たる態度を気にかける様子もなく、コランの顔を見上げた新生ローグ中隊長は、再び雑誌に目を向けた。
「…なんだ、こりゃあ」
その反応を待っていたのだ、といわんばかりに、目を輝かせる若者の前で、黒髪のコレリア人は雑誌を手にとった。コルサントで最も健全な経歴を誇る情報誌の旅行ガイドの見開きページいっぱいに、見事な銀河を眺めることが出来るレストランを紹介する記事が掲載されていた。濃紺の背景色に映える温かな光を閉じ込めた写真で飾られた数ページに、オープンしたばかりのニモーディアの大掛かりな宇宙ステーションにあるらしいその観光スポットを褒め称える記事が、ベーシックで見事に綴られている。
問題は、記事の内容そのものではなく、レイアウトに使われている大きな写真だった。
「スカイウォーカー議員とソロ将軍、ですね」
肩越しに雑誌を覗きこんだ副隊長がこともなげに言い放つのを聞いて、ウェッジは我に返ったように、窓際に設置されたテーブルの中心でシャンパンフルートをぶつけ合う友人二人から目を引き剥がした。
見開きページをめくると、次のページには宿泊施設の細かい紹介が載っていた。すっかり記事そのものの内容に気をとられた女性パイロットに何時の間にか雑誌を攫われ、生花で飾り立てられたスイートルームの写真などを指差し、ああでもないこうでもないと盛り上がる部下たちから雑誌を奪い返すことも出来ず、黒髪の中隊長は椅子の背もたれに深くもたれかかった。
「あのステーション、ニモーディアに新しく出来たところですよね。今結構話題になってる」
「そうだね、コラン。ところで隊長、うちの隊の次の休暇はいつでしたっけ?」
「問題はそこじゃないだろう…」
やけに楽しそうなコランやタイコの言葉に力無く突っ込みながら、がっくりとうなだれた頭の中で、見開きページの左側で余所行きの微笑みを浮かべるジェダイ騎士の顔や、ページの端に眩しい色でプリントされた『新共和国議員も推奨!』というフレーズがぐるぐると渦巻き、ウェッジ・アンティリーズは何故かとてつもない敗北感を覚えていたのだった。