Don't Tell Me the Odds




消えることのない街の灯りに負けて星たちが成りを潜めるコルサントの夜空は、深夜を過ぎても途絶えることのないエアカーのヘッドライトが織り成す光のラインに彩られていた。新共和国の首都として機能し始めたばかりのその星には、帝国の統率者が倒れた今、かつてのように様々な種族がひしめきあっている。

そんなおさまることのない喧騒も届かない高層ビルの一角に、増設されたばかりのドッキングベイがあった。広々と設けられたその停泊所には、真新しい周囲の様子に似つかわしくない古びたコレリア製貨物船がひっそりと佇んでいる。船体には輝かしい戦歴を証明するように夥しい傷跡が走り、一見今にも崩れ落ちそうな危うさがあったが、その船をよく知る者にとってその姿は安心感を与えるものであり、同時に彼らを惹きつけてやまない魅力を持っていた。

ミレニアム=ファルコン号は、久しぶりの休暇を前に故郷コレリアでの任務の経過報告をするためコルサントを訪れた船長を乗せて、つい12時間程前コルサントに到着したばかりだった。エンジニアたちも業務を終えた時間帯、薄暗い停泊所の中でメンテナンスドロイドだけが点滅するアンテナのついた頭部を左右に振り、円形の貨物船の上部をゆっくりと移動しながら、時折小さな電子音を発していた。

外部の静けさとは対照的に、ファルコンのラウンジは随分と賑やかだった。

「サバック!」
「…嘘だろう!?」

褐色の肌の男が悲鳴じみた声を上げ、ガタンと椅子を揺らして立ちあがった。そんな相手に満面の笑みを向けながら、コレリア出身の元密輸業者は余裕ぶった態度で手札を広げてみせた。

「嘘じゃないさ、わざわざお前が用意したカードで勝負してやったんだ、今更イカサマだなんだと騒ぎ立てようなんて思うなよ」

がっくりとうなだれた敗者を見下ろして、ハン・ソロは満足そうに手にしたグラスに残っていた琥珀色の液体を飲み干すと嫌味のように長い脚を組み替えた。

「なんてこった…」

綺麗に揃ったハンの手札の上に力なく投げ出されたカードは、あと一歩で二人のスコアをひっくり返すことが出来る手になる札だった。とっくに空になっていた自分のグラスを弄びながら、ランド・カルリシアンは盛大に悪態をついた。

「なんだ、カルリシアンが負けたのか?」

オレンジ色のパイロットスーツを着崩した黒髪の男が、チェステーブルから横槍を入れた。人当たりの良さそうな造作をしていながら、どこか飄々とした雰囲気の操縦士は頬杖をついてハンとランドのやりとりを面白そうに眺めていた。

「君の番だよ、ウェッジ」

金髪の青年がチェステーブルの向かい側から声をかけた。ウェッジ・アンティリーズは手元のホログラムに目線を戻し、次の手を打つ前にしばし考え込んだ。白と黒で仕切られたテーブルの上では、大小様々な駒達が対局者の命令を待っている。

「そっちはどうなんだ、アンティリーズ。まさか坊や相手に負けてるなんて言わないだろうな?」

見るからに上機嫌のハンは、新しく開けたコレリアンブランデーのボトルからグラスに並々と愛飲酒を注ぎ、チェス組にからかいまじりの台詞を投げた。

「残念ながら、まだ勝敗はわからないよ」

年上の友人のあからさまな揶揄を気にする様子もなく、額にかかる前髪をかきあげながら、ルーク・スカイウォーカーは穏やかに応えた。絞られた照明が蜜色の髪に輪を描いて、温かな光を反射している。ジェダイ騎士としての業務についているときにはきっちり留められている襟元が今は少々だらしなく開いていて、チェステーブルを囲むアクセレーション・カウチにゆったりと凭れかかる新共和国お抱えの平和の調停者殿は随分とくつろいでいるようだった。

その姿にしばし表情を和ませたハンは、まあ頑張れよ、とくつくつ笑いながらグラスを傾け、打って変わって凶悪な笑みを浮かべると何かを催促するように肩を落としたままの旧友へと手を差し出した。

「…本当にやるのか…?」
「往生際が悪いぞランド。アンティリーズ、1から78までの数字をランダムに5つ選べ」

未練がましく躊躇するランドの手から小さな電子機器をひったくるように取り上げると、ハンは実に楽しそうに小さなボタンを操作し始めた。

「9、24、36、51、69」

自分の手駒がルークの駒を持ち上げて地面にたたきつけるのを横目で確認しながらウェッジが適当な数字を指定した。

「ま、待てっ…24番は…!」
「いい加減諦めろ」

褐色の顔が青ざめると同時に小さな電子音が響き、どうやら履歴にずらりと女性の名前が並ぶコムリンクだったらしいその手のひらサイズの機械から、指定された番号の登録内容が消えた。銀河一のフェミニストを名乗るカルリシアン男爵は、テーブル代わりに使っていた空のコンテナにつっぷした。

「そんなに大事な相手だったの?」
「キッド、恋愛沙汰に関してはこいつに情けをかけても無駄だぞ」

いまだ浮上できないでいるサバック勝負の敗者に少々同情的な眼差しを向けるルークに、ファルコンの船長は冷たく言い放った。一体聞き出すのにどれだけ苦労したと思ってるんだ、などとぶつぶつ文句を言っているランドの前にコムリンクを置いて、ハンはボトルとグラスを手に立ちあがった。

「…大事な相手用のコムリンクにしては、随分登録件数が多いみたいだけど」

少し間をおいて、タトゥイーン出身のジェダイ騎士はどこか非難じみた声音でそうつけたした。その台詞に反応し、おもむろに顔を上げた恋多き男は落ちこんだことなどすっかり忘れたように勢い込んで口を開いた。

「失敬だな、俺はいつも一人一人の女性に対して本気だ」

だから言っただろう、とばかりに目配せして、ハンがチェステーブルに向かうルークの傍らに滑りこんだ。

その向こうでは、コムリンクを握り締めたままのランドが、これはきっと縁がなかったということだ、もし縁があればまたどこかで出会うだろう、そして新たな出会いもあるに違いない、などと芝居がかった口調で語り始めた。負かしたばかりの自称実業家が思ったより早く復活してしまったことが面白くないのか、ヘイゼルグレーの瞳に苛立ちを滲ませた新共和国軍のコレリア部隊を率いるソロ将軍は、こういう阿呆は死んでも治らねぇな、と聞こえよがしに言った。

「ハンが負けたら、何をすることになってたの?」
「この間知り合った見目麗しき女性にハン・ソロ将軍とは知り合いだと言ったら、是非とも噂のファルコン号に乗って見たいと仰ったんでね。1週間程貸してもらおうと思ってたんだ。…そのレディの連絡先もさっきそいつに消されたんだが」

辛辣な雑言にもまったく堪えた様子もなく肩をすくめ、すらすらと説明するランドに、成る程ね、と呟いたルークは一瞬でも彼に同情してしまったことを悔やんだ。それと同時に、向かい側に座った黒髪のパイロットがトン、と指先でチェステーブルを叩いて不適な笑みを浮かべる。

「余所見なんかしてる場合じゃないぜ、ボス」
「ああ、こりゃお前の負けだな」

怒涛のようなコレリア人チームからの連続攻撃に、一瞬面食らったルークがゲームボードに目を落とせば、そこには何時の間にかどうしようもない劣勢に追いこまれている自分の手駒たちがいた。

からかいまじりに中隊時代の愛称を口にしたウェッジは、相変わらず頬杖をついて、穏やかな雰囲気を纏っている。しかし、その笑顔から滲み出る狡猾さから、ルークはこの男もあの何かと引き合いに出される惑星の出身者なのだということを、嫌というほど実感させられていた。

「チェックメイト」
「ま、待った!」

焦る青年の傍らで、先刻の自分たちのやりとりをそっくり映したような会話を肴に、ハンがいつものハイペースでボトルを空けていた。ランドまでが何時の間にか自分のグラスを片手にチェステーブルを覗きこんでいる。

「ものの見事にアンティリーズの罠に嵌ってるな、キッド」
「こんなことで共和国の国取り合戦の一端を担えるのか?」

口々に好き勝手なことをのたまう二人の元密輸業者たちに構う余裕もなく、金髪のジェダイ騎士は仕事上の付き合いしかない議員たちは見たこともないような狼狽ぶりを披露していた。

「ウェッジ、もう一勝負…!」
「いくらか元隊長の頼みでも、それは聞けないな」

にこにこと笑みを絶やさないこの元部下が、人の良さそうな顔をして結構容赦がないことをルークは知っていた。それでもたかがゲームなのだから、という卑怯な言い訳に縋らなければならない理由が彼にはあった。

「なんだ、キッド。チェスごときで何をそんなに慌ててるんだ?」

流石にその状況をいぶかしんだ年上の友人がしごくまっとうな疑問をぶつけると、うろたえる青年に代わってゲームの勝者が楽しそうに答えた。

「そっちの二人が賭けサバックで盛り上がってたんで、こっちも何か賭けようって話になったのさ」
「で?何を賭けての勝負だったんだ?」

ランドの問いかけに、ウェッジはチェックメイトの瞬間に立ちあがったままだったかつての戦友を見上げて続けた。

「『今度の星間調停会議に髪を下ろしたまま出席すること』だよな、ルーク?」
「…ウェッジ…、他人事だと思って楽しんでるだろう」

声のトーンがすっかり落ちてしまった青年とはまた別の理由で苛立ちながら、一人だけ楽しそうな新共和国軍のローグ中隊を率いる男を非難するようにランドが疑問を口にした。

「髪を下ろして会議に出席するのが、どうして賭けの対象になるんだ?」

大したことじゃないじゃないか、と納得のいかない表情で呟いた負け組の片割れの台詞に、ルークは著しい反応を示した。

「大した事じゃないだって!?今度の会議の相手はハット族だ、あの、ハット族!レイアなんか、悪いけど勘弁して頂戴なんて言って、初日から一人だけ大義名分つけて欠席したよ!あのレイアでさえ手に負えない一族を僕一人で!説得したんだよ!議員も皆使えないし、相手は会議中ずっとなんか喰ってるし、何度ナル・ハッタ星系は諦めようと思ったか…!」

平和の象徴で有るはずのジェダイ騎士の剣幕に気圧されたランドが、それでもおそるおそる口を挟んだ。

「いや、それでもまだなんで髪を下ろすとか下ろさないとか、そういうことに繋がるのかがいまいちわからないんだが」
「繋がるんだよ!初顔合わせの時に、僕の顔を見て、相手のハットがなんて言ったと思う?言うに事欠いて、こんなパーソナル・スレイブが欲しいって言ったんだ。あの!極悪ナメクジのジャバの所為で!流行ってるらしいんだよ、ヒューマノイドの奴隷を飼うってのが…。こっちが下手に出て、笑ってその話題を流そうとしたら、調子に乗って髪は長い方が好みだとか言い出すから、次からは必ず髪をセットしてたんだ」

話していくうちにその情景を思い出したのか、ジェダイ騎士の声音は徐々にトーンダウンしていった。

「そりゃあ…なんというか…大変だな」
「奴隷制度はよしとしませんって、突っぱねればいいんじゃないのか?」

同情的なベスピンの男爵の言葉に陰鬱な表情で頷き、黒髪の友人の提案をため息で一蹴すると、ルークは首を振って言った。

「勿論言ったよ。新共和国では奴隷制度を認めていません、ってね。そうしたら次の会議に娘を連れて来たんだよ、そのハットの親玉が。……婿に来いって言われたよ」

衝撃情報に、一瞬だけその場の空気が凍りついた。

「娘の方はじーっとこっちを見てるだけだったけど、仕事じゃなかったら二度と関わりたくないね」
「──キッド、お前そんなこと一言も…」

驚愕に言葉を失った三人のうち、最初に口を開いたのは今まで黙ったままだったファルコンの船長の台詞だった。が、幾分弱々しいその声は続くウェッジの容赦のない突っ込みに遮られた。

「ルーク。お前、女運悪いよなあ」
「ウェッジには言われたくない!女運が悪いとかそんなもんじゃないんだあれは。ハットが並んで自分のことを舐めまわすように見てるんだよ、ずーっと。もう思い出したくもないよ!」

身震いしつつ鳥肌の立った腕をさすって、金髪の青年はやっとカウチに腰を下ろした。

「おい、人の話を…」

再度口を挟もうとしたハンの試みは、今度は自称フェミニストに遮られた。

「流石の俺もそれは同情するな。その態度じゃあレディとは言えん」
「レディというか…なあ?」
「僕に振らないでくれる」

ぴしゃりと言い放ったルークは無責任な発言を連発する二人を軽く睨んだ。

「ルークお前──」

再三の切羽詰った問いかけに気づかないまま、三人はマシンガンのごとき会話を繰り広げていた。

「その調停会議はホロネットで放送されるのか?」
「まさか皆で見物しようっていうの!?」
「そうかやっぱり放送されるのか。それは楽しみだな」
「今度のデートの相手と一緒にゆっくり楽しませていただくよ」
「他人の不幸をなんだと思ってるんだあんた達は!」

そろそろ限界に近づいたジェダイの忍耐力を感じ取ったように、パイロットスーツの男がおもむろに立ちあがった。

「さて、俺は明日も仕事だから、そろそろ帰るよ」
「ああ、俺も失礼するよ」

それに便乗して、世渡り上手の元密輸業者もそそくさと帰り支度を始めた。

「ちなみに賭けは賭けだ、ちゃんと約束は守れよ、ルーク」
「…わかったよ」

去りかけた旧友の口から出た相変わらず容赦のない言葉に、ルークは諦めたように肩を落とした。

「じゃあなハン、休暇を楽しめよ」

最後にそんな一言を言い置いて、ランドが白い歯を光らせ軽く手を振ると、ウェッジと二人で廊下へと消えた。

二人がいなくなり、その場に奇妙な沈黙が落ちる。そこで初めて船の主であるコレリア人の常にない態度に気づいた青年が傍らを見やると、そこにはむっつりと黙り込んだ不機嫌の塊があった。押し殺した感情がフォースを伝ってびしばし肌に突き刺さってくるような気がして、ルークは思わず年上の友人から遠ざかろうと、半円を描くカウチの奥へと身体をずらした。

「…ルーク」

低い声で名を呼ばれ体が強張った。あの二人を帰してしまったのは失敗だった、と本能が告げている。今やこの将軍殿しか使うことの出来なくなった愛称ではなく、真面目な声音で『ルーク』と名前を呼ぶときは、ハンが真剣であるか、あるいは機嫌が悪い証拠で。

更に厄介なことに、今はそんな証拠以前に、青年がそろそろと顔を向けた先にあったヘイゼルグレーの瞳からは憤りがはっきりと見て取れた。

「その会議とやらには、俺も行くからな」
「…は?」

予想していた台詞の遥か上空をハイジャンプしていくような内容の言葉をかけられて、若いジェダイ騎士は素っ頓狂な声で返事をしてしまった。

「俺もその星間調停会議に行くと言ったんだ」

なんで?という疑問がそのまま顔に出てしまっていたのだろう。ハンは苦虫を噛み潰したような顔で続けた。

「お前、俺がわざわざ休暇の前にコルサントに来た意味をわかってなかっただろう」
「わかってるも何も、評議会に近況報告しなきゃ休暇が取れないじゃないか…」

混乱したまま、それでも条件反射で返答した青年の隙をついて、年上の男は黒い服に包まれたしなやかな身体を抱き寄せた。

「これからしばらく、俺はお前の専属の運転手だ」
「運転手、って。どういう…」

わざと耳元で低音を響かせるハンの胸を押し返し、上ずりそうになった声を抑えてルークは聞き返した。

「そのままの意味だ。それとも、ファルコンで送り迎えされるのは不満か?」
「…とんでもない」

やっとのことで青年の思考回路が展開に追いついてきた。

「報告なんかいくらでも代理を立てられるだろうが。休暇が重なるわけもないから、俺なりに考えた結果だぞ。冷たい奴だな」

まるで拗ねた子供のようにも聞こえる言い草で、ルークの肩を抱いたままのハンが呟いた。

「ごめん」

まだ普段のペースを取り戻せず、腕の中におさまったまま素直に謝る年下の恋人に向けられた男の表情がふっと和らいだ。青年がそれに気づく前に、その端正な口元にはいつものように不適な笑みが浮かんでいた。

「まあいいさ。二人でろくでもないハット族の奴らをぎゃふんと言わせてやろうぜ」

悪戯小僧のような台詞に小さく吹き出したルークを見て、将軍殿の顔にコレリアでの部下たちが目にすればそれこそ卒倒しそうな締まりのない表情が浮かんでいたのは、きっとここだけの秘密。

交わされる視線が絡み合い、ラウンジにどこか甘い空気が漂いはじめたその刹那、

「…ねえハン、やっぱり髪は下ろしたまま行かなきゃいけないかな」

折角の雰囲気をぶち壊すようにぽつりと呟かれたその言葉に、阿呆、と笑いながら、ハンはルークの柔らかな髪に口づけを一つ落としてやった。




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