Blast from the Past







標準時間で夕刻にさしかかるコルサントの空は、化学物質が混ざり合って織りなす不思議な色に染められていた。ミレニアム・ファルコン号がその古びた身体を下ろした先は、巨大な建造物が立ち並ぶその都市惑星の中で、ひときわ賑やかな空港だった。

新共和国が樹立して数年が経ち、コルサントの主要なドッキングベイは、かつての活気を取り戻している。取引の場として一晩中解放されている港とはいえ、通常の終業時刻を控えたグラウンド・クルーが業務を早く切り上げるため、てきぱきと積荷の確認や搬送をこなしていく。

コクピットから心地よくすら思える喧噪と雑踏を見下ろし、エンジンが問題なく完全に停止したことを確認したファルコン号の副操縦士は満足げな唸り声を発した。

それを聞き届けるべき船長はすでに操縦席を後にしている。船の持ち主であるハン・ソロは、停泊場の上空で年季の入った機体を反転させたとき、黒いローブの裾を翻して駆けてくる青年の姿を目ざとく見つけ、恋人の出迎えを受けるために昇降口へと向かっていた。

ウーキーの優れた聴力を駆使しなくても、下ろされたハッチでどんなシーンが繰り広げられているかは容易に想像できる。年若いジェダイ騎士はごく近しい相手にしか見せない満面の笑みで年上の操縦士に飛びつき、対する船長は自分にだけ許された呼び名を口にしながら、数週間ぶりに会う年下の恋人を腕の中に攫い口づけるに違いない。

本人は否定しているが「戦争の英雄」扱いをされているハン・ソロと最後のジェダイであるルーク・スカイウォーカーの関係は、スキャンダルの閑散期にゴシップ誌の紙面にたびたび取り上げられている。今回のように一般の船も立ち入りが可能な港で、新政府の重鎮である二人が親しげな姿を見せれば、多かれ少なかれメディアの注目を集めることをチューバッカは知っていたが、それが本人たちに直接害を及ぼさない限りとくに口を挟む気はなかった。

ハンの機嫌が良ければ、最近すこしだけ調子がわるい浄水器と給湯器の修理を任せて、自分は都市の下層にある行きつけの酒場で羽をのばせるだろう。主に負けず劣らずオンボロ貨物船を大切に思っている青年が船内に滞在することを望めば、外出できる確率は更に上がる。

すべての計器を確認してスイッチを切ると、チューバッカはのっそりと立ち上がり、恋人たちの様子を見るため、器用に身を屈めてコクピットを抜け出した。燃料と生活水の手配は自分の仕事だったし、手っ取り早く終わらせてしまうに限る。

円を描く廊下を抜けて、口を開けたハッチの先にチューバッカが見たのは、想像していたのとは違った光景だった。

昇降口の最下部に並んで立つハンとルークの間には不自然な距離があり、対峙しているのは、積荷の搬送に使われるリフトカーに乗った赤毛の男だった。

「久しぶりだな、『坊や』」
「…また会うなんて思ってなかったよ、ダッシュ」

ダッシュと呼ばれた男がルークの愛称を口にした瞬間、長身のウーキーはコレリア出身の船長の機嫌が確実に降下したのを感じ取った。呼ばれた金髪のジェダイ騎士は顔をしかめたりはしなかったが、親しい相手に見せる笑顔とは別物の笑みを顔に貼りつけて返事をした。

「コルサントで何をしてるの?」
「ちょうどベスピンからの積荷を下ろしたところでね」

どこかおざなりなルークの問いに、赤毛の男は肩越しに隣の停泊場を振り返った。

「あれが俺の船だ、『アウトライダー3世』」
「3世、ね…相変わらず、すごい船に乗ってるんだね」

心のこもっていないお世辞にも、まぶしいほどの微笑みが返される。

「カルリジアンのおかげで、稼がせてもらってる」

ベスピンの市長職に復帰したランド・カルリジアンは、新共和国とのビジネスも軌道に乗り、今や新旧様々な人脈を駆使して更なる勢力の拡大を見据えて積極的に政策を進めているらしい。クラウド・シティと呼ばれる由縁にもなった美しい街並を再現し、昔よりも美しい観光地に仕立て上げるのも構想の一つとして実行されているようで、ハンやルークのところにも新施設の開設記念パーティや毎年恒例の式典への招待状がひっきりなしに舞い込んでいる。雲の中に浮かぶ美しい都市から苦い思い出しか喚起されない二人は、毎回なにかしら理由をつけてはその誘いを断っていた──厳密にいえば、ハンは招待状に目も通さず捨てている。

先ほどからにやにやと笑みを浮かべているスペーサーはリフトカーから降りて、おそらく故意に、ルークではなくハンの前に立った。過去から颯爽と現れた邪魔者がすぐに立ち去る気がないことを悟った青年は小さなため息をつき、隣に立つ男を示して何かを諦めたように口を開いた。

「ダッシュ、紹介するよ。この船の…」
「ミレニアム=ファルコン号の船長、ハン・ソロだ」
「ああ、もちろん知ってるとも。ダッシュ・レンダーだ、よろしく」

ルークを遮って名乗りを上げた男に握手を求めて手を差し出しながら、ダッシュは余計な一言をつけ加えた。

「ルークやカルリジアンが躍起になって助けようとしてた『囚われの姫君』にやっとお目通りが適って光栄だよ」
「そりゃどうも」

握手に答えたハンは、あからさまな挑発には反応せずにわざとらしい笑顔を相手に向けてみせた。つまらない意地の張り合いに発展しそうなジャブの応酬に呆れたらしい金髪の青年は瞳をくるりと回し、タラップの上から事の成り行きを見守っていたチューバッカにちらりと視線を投げた。

こんな筈じゃなかったのに──

助けを求めるような瞳に憐憫の情を覚えたウーキーが同情を込めて低く響かせた唸り声も、友好的な表情で睨み合う男たちには聞こえていないようだった。

「感動の再会を邪魔して悪かったな、久しぶりにルークの顔を見たんで、つい声をかけちまった」
「いや、いつものことだ。最近じゃどこに行っても知り合いを名乗る奴らが声をかけてくる」
「そうだろうな、あんたを助ける助けないの話をしてた頃は経験の足りないパイロットにしか見えなかったが、今じゃどこから見ても高潔なジェダイ騎士様だ」
「坊やの操縦の腕は最初から飛び抜けてたぜ。高潔な騎士なんてイメージは、そりゃくだらないホロネット番組かタブロイドの見過ぎだな」

表向きは穏やかに皮肉をぶつけ合う歳の近い二人のスペーサーは剣呑な雰囲気をまき散らし、ルークの眉間にはうっすらと皺が刻まれ始めていた。

「懐かしい顔に再会できたのに加えて、天下のソロ将軍にも会えたことだし、お近づきのしるしに三人で一杯どうだ?」
「そりゃあいい、」
「冗談だろ」

聞き捨てならないやり取りを耳にして即座に割って入った声の主を、ダッシュは状況を完全に面白がっている表情で、ハンは虚をつかれた顔で、振り返った。

「あんたたち二人がランディングステージがすり減るまで世間話を続けるのは結構だけど、僕はごめんだ。飲みに行くなら二人でどうぞ、僕はここでチューバッカとファルコンの修理をさせてもらうからね」
「久しぶりの再会だぜ、そんなに怒るなよキッド。さっきも言ったが邪魔して悪いと──」

軽薄な申し開きを最後まで聞くことなく、最近では滅多に見せることの無い苛立ちを露にした青年が声を荒げた。

「あんたに『坊や』呼ばわりされる覚えはないし、邪魔されて本当に迷惑だ」

今や目にする機会がほとんどなくなったジェダイ騎士の激高も、赤毛の昔なじみの薄ら笑いを一掃することは適わなかった。頬を微かに紅潮させてダッシュを睨みつけた青年は、口をはさめずに成り行きを見守っていた年上の恋人に向き直り、黒いチュニックに覆われた腕をのばしてハンの襟首をつかんだ。不意をつかれ噛み付くような口づけをされて、百戦錬磨の密輸業者であるはずの男は目を白黒させたが、見せつけられているダッシュの方は、からかうように口笛を吹いてみせた。

「なん…」
「チューイ、勝手に上がらせてもらうよ」

状況についていけない男とごたごたを巻き起こしたことに満足する男を置き去りにして、肩を怒らせてタラップを上がってきたルークに、チューバッカはすれ違い様、歓迎の意とねぎらいを込めて喉を鳴らした。青年に続いて上ってきたハンにはわざと高音で慇懃無礼な挨拶をしてやったが、コレリア出身の船長はそれどころではないようだった。

「ようチューバッカ、お前に会うのもひさしぶりだったな。調子はどうだ?」

一人残されたダッシュに馴れ馴れしく呼びかけられ、チューバッカは無言で牙を剥いた。赤毛の操縦士は気にした様子もなく肩をすくめてリフトカーに飛び乗り、敬意のかけらも感じられない敬礼をしつつ去っていった。

そのうしろ姿を見送りながら、毛むくじゃらの副船長は満足げにうなずいた。
人の恋路を邪魔するヒューマノイドは、ガンダークに蹴られてしまえばいいのだ。



+  +  +




邪魔者が退散するのを見届けたチューバッカが船内に取って返したときには、ちょうど短い追いかけっこが終わっていた。廊下の先で年下の恋人を捕まえたらしい船長の声は、やっと少しだけ冷静さを取り戻していた。二人の姿が見えない位置で立ち止まり、ファルコン号の副船長は立ち聞きをせずに外出してしまうか、タイミングを見計らってハンに一言断ってから出かけるか、頭を悩ませつつヒューマノイドの友人たちの会話を聞く羽目になった。

「ルーク、こっちを向け」
「嫌だ」

頑なな台詞とは裏腹に、青年の声音は弱々しかった。

「お前があんなにむきになるなんて珍しいな、坊や」
「それは…」

気まずそうなルークの声が途切れて、何事かを言いよどむ。ハンが辛抱強く続きを待つ気配が伝わってきた。

「ごめん」
「謝られるようなことはされてないぜ」

低く宥めるようなハンの声と、青年のため息が重なった。

「ダッシュは人をからかって反応を見るのが好きなんだ。ハンが…その、いなかったときに一緒に行動してたことがあるんだけど、ずっとそうだった。相手にしなければいいっていうのはわかってるんだけど、だめなんだ、あんたが言うとおりむきになって…」
「もういい、ルーク」

とめどなく続きそうな青年の言い訳を年上のスペーサーが遮ったのは、恋人を落ち着かせるためか、それとも他の男の話を聞きたくないからか、はっきりとはわからなかったが、どちらにせよチューバッカが物陰から出て行くタイミングだったのは間違いない。

恋人たちが完全に二人だけの世界に入ってしまう前に、大柄なウーキーはヒューマノイドの咳払いに当たる音を出して何歩か大股で廊下を進み、姿を見せた。金髪のジェダイ騎士は慌てて年上の男の抱擁から逃れようとしたが、呆気なくハンの腕に阻まれた。

「チューイにも謝らないとね。騒がしくしてごめん」

年上の男から離れるのを諦め、ルークは少し困った顔で謝罪を口にした。気にするなと返事をして、チューバッカは船長に今夜の予定を打ち明けた。ファルコンを二人きりで使えるように自分は酒場に行こうと思っていると伝えると、ハンはにやりと口の端を上げて笑みを浮かべた。

「そりゃあ俺たちに気を使ってるんじゃなくて、一晩中出かけるための口実だろう?」

心外だ、と低い唸り声を出すとハンが笑った。楽しんでこいよ、と外出を許可する言葉をかけられ、大柄な副船長はすぐに出口へと向かった。久しぶりに会う二人の邪魔をするような野暮な趣味は持ち合わせていない。それに、不特定多数の相手と不安定な情事を繰り返していた船長がやっと見つけた掛け替えのない相手と幸せになることを、誰よりも望み祝福しているのはチューバッカ自身だった。

「遅くなったけど…おかえり、ハン」

タラップを降りかけたときにウーキーの聴覚がかろうじて拾ったルークの声は、ハンにしか向けられない甘さを帯びていた。これ以上の邪魔が入らないよう船のハッチを閉じると、チューバッカはコルサントの夜を満喫するためにドッキングベイを後にした。






End.





■ダッシュ・レンダーについては「帝国の影」を参照。
 こちらに偏った説明があります。




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